みな月

  • 2018.05.27 Sunday
  • 16:40

本日より「みな月」の販売が始まりました。

 

 

みな月 白・抹茶 各180円

京都では6月(6月30日)にみな月というお菓子を食べます。

 

6月30日は1年のちょうど半分、折り返しの日です。
この日、京都の各神社では「夏越の祓(水無月の祓)」という神事が行われ、
茅の輪くぐりをし、半年分の穢れを祓い災いを防ぐ風習があります。

その昔宮中では、京都の蒸し暑い夏を無事に乗り切れるように
この大祓の日に氷雪を口にしました。
冷凍庫などのない当時に、この時期の氷はとっても貴重なもの。
もちろん庶民の口には入りません。
そこで、氷雪をかたどった三角の形をしたういろに
邪気払いの小豆をのせたお菓子が庶民の間に広まったことが
「みな月」の起こりです。

 

米粉と上用粉を使ったもちもち食感のういろに

北海道産の小豆をたっぷりとのせて蒸しあげています。

白と抹茶の2種類。
少し冷やして食べると格別です。

店内でもお飲み物とセットにしてお召し上がりいただけます。



煎茶付 450円
抹茶・珈琲・グリーンティ付 650円

 

 

※明日5月28日は石清水八幡宮表千家献茶祭のため、休まずに営業いたします。

山麓本店、山上境内店共に営業いたします。

皆様のお越しをお待ちしております。

男山の中核

  • 2018.05.23 Wednesday
  • 16:11

石清水八幡宮の表参道を歩いていくと、七曲りの階段を終え、

大扉稲荷の前で道が二つに分かれます。

 

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道なりに行くと表参道、右へそれると祓谷道に入り、裏参道へ抜けます。

本日はこちらをご紹介します。

素直に表参道をまっすぐ上がりがちですが、実はここからが男山の中核ともいえる場所なのです。

 

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祓谷道の名の由来は、昔はここに祓谷社があり、夏越の祓や年越しの祓はこの地で

行われていました。

 

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この谷川は、石清水社からの下流で谷筋により曲水に当たるところです。

昔の人は、この清水に己の姿を写し、お参り前に心身を清めていたそうです。

影を写して清めたことから「影清塚」と呼ばれています。

 

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橋の名は駒返しの橋。ここからは急なので、馬は返したことにちなみます。

もっとも、表参道の七曲りの前に、下馬碑がありますので、少し矛盾しますね。

 

 

さて、そのまま階段を進むと左手に松花堂昭乗が暮らした泉坊があります。

 

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松花堂昭乗は、江戸時代初期に活躍した石清水八幡宮の社僧で、阿闍梨という高僧でも

あったのですが、時代を代表する文化人でもありました。

茶、書、画の才能にたけており、なかでも書は近衛信尹、本阿弥光悦と共に

寛永の三筆と呼ばれています。

また、小堀遠州と親交が深く、よく茶会を開いていたそうです。



 

泉坊の書院の傍らには、松花堂という茶室がありました。

 

この枠は茶室松花堂の跡です。

 

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のちに復元されたものですが、床などの場所がよくわかります。

明治の廃仏毀釈で、現在は、松花堂庭園に移築されており、そちらで姿を見ることができます。


 

露地や井戸、栗石畳、雪隠などは良好な状態で残存しています。



その場所から、さらに階段を上がると瀧本坊があります。

 

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先ほどの泉坊は昭乗の隠棲後の坊で、元は瀧本坊の住職でした。

昭乗は、瀧本坊に、親友であった小堀遠州と共に「閑雲軒」という茶室を造り、
公家や文人を招いて茶会を開いていました。

閑雲軒や住居部分である書院は
崖からせり出す構造「懸け造り」でした。

その造りは、清水の舞台を想像していただくとわかりやすいでしょう。

そもそも滝本坊は山の中ということもあり、
平地としての面積が限られており、本来茶室として必要な床が作れず、
縁側を崖に飛び出させることで、
京都市内や宇治市内を眺望できるように造られたと考えられます。
柱の長さは、約7mもあったそうです。

 

まさに空中茶室。
 

そして、若いころはこの開放的な閑雲軒に対し、隠居後はたった二畳の仏間と共の茶室松花堂。

ますます悟りの境地といったところでしょうか。




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瀧本坊の向かいに石清水社があります。

石清水八幡宮を語る上で、ここは外せません。



石清水八幡宮の由来である、「石清水」。
今も湧き出ています。
起こりは、八幡宮遷座より前で、もともとこの清泉を神として祀っていました。

 

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石清水は、厳冬にも凍らず大旱にも涸れない霊泉として、
往古より皇室及び将軍家の御祈祷に当たっては、
この霊水を山上の本宮に献供するのを例としました。

現在も、石清水八幡宮の神事には、この石清水を早朝に汲みあげ、お供えされています。

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石清水社の前に立つ石鳥居は、
寛永13年(1636)京都所司代板倉重宗の寄進によるもので、石清水八幡宮で

現存する鳥居の中でも最古のものです。
柱の内側に彫られた銘文は松花堂昭乗の筆跡です。

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霊泉「石清水」が湧き出るこの場所は、まさに石清水八幡宮の格といえます。

 

ここからさらに階段を上ると、護国寺の前の裏参道につながります。

 

 

石清水八幡宮へ歩いて参拝するとき、表参道、裏参道、今回のコースの

3つがあるかと思います。

全部のルートを歩いてほしいのはヤマヤマですが、

そんなに何度も歩かれる方もいらっしゃらないでしょう。

それならば、是非、今回ご紹介したコースをお勧めします。






 

 

春季献茶祭のご案内

  • 2018.05.19 Saturday
  • 10:02


5月28日(月)、石清水八幡宮で春季献茶祭(表千家献茶祭)が行われます。
尺八 都山流宗家 中尾都山氏が奏でる秘曲「岩清水」の調べのなか、
表千家宗匠のお点前により濃茶・薄茶が点てられ御神前に献上されます。
また、境内各所にはお茶席が設けられます。

緑が美しく、薫風が気持ち良い好季節に
おいしいお茶とお菓子をいただきながら、ゆったりと過ごされてみるのはいかがでしょうか。





私もお客さんとして伺うのを毎年楽しみにしているお茶会です。
新茶や高山茶筅の販売なんかもあって気楽に楽しめます。
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2000円で臨時券が販売されますので、
当日でもどなたでも参加できます。

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・表千家の献茶祭参列
・薄茶席3席
・煎茶1服
・玉露1服
・男山ケーブル割引券
これらが全てついて2000円とはお値打ちです。

春季献茶祭
5月28日(月)10時〜
お問い合わせは石清水八幡宮へ。075-981-3001
当日は、月曜日ですが、当店も休まずに臨時に営業いたします。
山上の走井餅老舗石清水八幡宮境内店も営業しております。
お土産に、門前名物走井餅をお求めください。

おイトさんの御命日

  • 2018.05.18 Friday
  • 16:15

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本日は、当舗7代目井口イトの祥月命日法要を行いました。

明治9年生まれの彼女は、私の祖母の祖母です。

6代目の四男だった嘉四郎に嫁ぎ、大津にて走井餅の商売を手伝いました。

明治43年、34歳のころに、京都八幡へ移住し、走井餅屋を開店しました。

生駒、伏見稲荷など、いろいろな候補地の中、八幡を選んだのは、

創業の大津の地と同じ、清らかな水が湧いていたからだそうです。

石清水八幡宮のまんまえ、という素晴らしい立地を選んでくれて本当に良かった。

それから100年以上たった今、大津名物だった走井餅は、

石清水八幡宮の門前の名物として定着し、ご参拝に欠かせないお菓子として、

皆様に愛されています。

八幡は古い町。

開業当時は苦労したことでしょう。

代々のご先祖さんの苦労と努力によって、今、私も11代目として走井餅を作ることができています。

 

 

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裏参道を歩いてみよう!

  • 2018.05.16 Wednesday
  • 16:25

石清水八幡宮へお詣りされるとき、ほとんどの方はお車かケーブルで山上まで上がられることと思います。

歩かれる方でも表参道を利用される方が多いのではないでしょうか。

 

今日は少し、マニアックな裏参道をご紹介します。

裏参道には、実際、たくさんの方が歩かれるお正月でもこのような「帰り道のみこちら」というような看板が出ます。

 

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表参道より急でしんどいからではないかなと思います。

段数も表参道が396段に比べて、裏参道は555段。

でも決して遠回りなのではなく、階段の幅が狭いだけで実はこちらの方が近道です。

私の足でも表参道では20分ほどかかりますが、裏参道だと15分もあれば到着できます。

 

二の鳥居を正面に、左手に源頼朝松を見て、まっすぐ進むと表参道、右側の階段が裏参道です。

 

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ひたすら細かな階段が続きます。

でも歩幅があうのでリズムよく歩くことができ、実は私は表参道よりもこちらの方が歩きやすいです。

 

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鎌倉時代の上皇も参拝の帰り、ここを通られたそうです。

今は裏参道、と呼んでいますが、古くは「太子坂」と呼ばれていました。

太子堂というお堂があったからです。

今は跡形もありませんが、明治時代の廃仏毀釈で、ご本尊の聖徳太子三歳像は、

大津へ移され、今も保存されています。




太子坂を上り、少し休憩のタイミングである竹雨水。

今はとうてい飲む気にはならない感じですが、かつては山中で貴重な水場だったことでしょう。

水の流れる音が耳に心地よいです。

 

更に階段を進むと、左手に萩坊跡があります。

 

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萩坊は襖絵など狩野派として知られる狩野山楽が、秀吉に追われ隠れ住んだ場所です。

こちらも廃仏毀釈でなくなってしまいましたが、客殿には山楽の描いた素晴らしい画で飾られていたそうです。

 

そこから少しだけ階段を上がると太西坊の石灯籠があります。

太西坊は実際は、もう少し御本殿の北側にあったので、移築されたものかもしれません。

 

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太西坊の住職、専貞は大石内蔵助良雄の実弟でした。

大石内蔵助良雄が江戸に下向するとき、太西坊に立ち寄り、

仇討ちの大願成就を石清水八幡宮に祈願したといわれています。

 

そのすぐ裏手におおきなスペースがあいています。

護国寺の跡です。

神仏習合の信仰だった男山では最も重要な場所でした。

本殿と共に、全山を取り仕切ったのがここ護国寺です。

 

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今は想像つきませんが、かつて石清水八幡宮は、石清水八幡宮寺と言われ、

神社とお寺の集合体でした。

祝詞とともにお経が唱えられていたのですね。

明治時代の廃仏毀釈は、男山にとって大変な大きな痛手でした。

数ある神仏混淆の信仰の宗教施設のなかでも、最大級の損失だったようです。

 

ここまで来るともうほとんど登り切ったも同然です。

すぐそこには御本殿。東側まできています。

 

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東門につづく階段がありますが、ここはお正月しか解放されていません。

 

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東門につながる階段のふもとに、不思議なものがあります。

見逃しそうですが、これは細橋といって、石清水の源流が流れていたことを示す渡らずの橋です。

今はここに水はありません。

 

その名残でしょう。

すぐそば、東門につながる階段の途中に水分社があります。

 

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石清水八幡宮の末社 水分社

御祭神は国之水分神で、水流や水源の神様です。

今は豊作の神様として信仰されています。

 

細橋の向かいに伊勢神宮遥拝所があります。

 

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こちらの方角が伊勢なんですね。

ここからはほとんど平坦な道。

 

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今は整備された道ですが、かつてはここに宝塔院という仏塔があったようです。

その造りが面白く、軒の四隅にお琴がぶら下げられており、風が吹くと鳴るようにされていたそうです。

なんとも見てみたかったですね。

 

社殿を取り囲む信長塀を右上に見ながら、歩いていきます。

 

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信長塀とは、その名の通り織田信長が好んだ造りで、瓦と土を何層にも重ねることで

鉄砲の銃撃や耐火性、耐久性に優れた造りとなっています。

ご社殿の方からは近づいて見ることができます。

 

最後の少しの階段を上ると、御本殿のすぐそば、手水舎のあたりまで出てきます。

 

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ゴールです!

 

おまけ。

裏参道には二か所の分岐があります。

 

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そのうちの一つ、展望台へ立ち寄ってみましょう。

 

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遠くに比叡山、近くに天王山、

京都市内や宇治方面を眺めることができて、大変気持ちの良い場所です。

 

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展望台には谷崎潤一郎の碑があります。

 

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蘆刈抄という、八幡を舞台とした小説の一部が刻まれています。

 

男山山上から、見晴らしのいい場所はここだけですので、せっかくなので、是非立ち寄ってみてください。

 

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次回は、もう一つの分岐、

参道の中で、表参道でも裏参道でもない、でも男山の中でとっても大切な場所を

ご紹介します。

 

 

 

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