「5月18日の御命日だけは絶対に忘れたらあかんえ。」
毎年おばあちゃんが力を込めてそうゆうのんで、
記憶力の悪い私でもさすがに
覚えてしまいました。
それが会ったこともないご先祖さんの
ひいひいおばあさんでも。
うちが大津から来たんが初代から数えて7代目の頃ですんで、
うちのおぶっだんは、7代目がこしらえはったと聞いてます。
7代目のお父さんである第6代井口市朗右衛門さんからまつってあります。
それから以降の代々のご先祖さんが眠ったはるんですが
おばあちゃんいわく「おイトはんが一番大事な人」やそうです。
おイトさんは7代目の奥さん。
大津から八幡に来て、八幡で商売をおっきしゃはった人やそうです。
そやけど「走井餅の由来」には
「6代井口市朗右衛門の4男である7代目嘉四郎がこの地へ移し」と書いてあるんで
てっきり嘉四郎さんの功績やとおもてたんです。
「嘉四郎はんはあんまし……
なんせおイトはんがえらかったんやて聞いてる」
おばあちゃん自身も聞いた話らしい。
こうやってまた話を聞いて伝わっていくんです。
嘉四郎さんの「あんまし」のあとの「……」も
そんなけしか情報が伝わらへんってことも気になりますが
……まぁ置いといて。
おイトさんがしっかり旦那はんもお店も支えたはったってことやなぁ。
「走井餅は八幡名物」って今は当たり前のようにゆうてくれはるけど
そら、はじめはった当時は大変やったやろと思います。
ふるさとから離れて、はじめての土地で、
苦労も多かったやろうけど
おイトはんらががんばらはったおかげさんで
今、そのあと八幡で100年走井餅屋を続けることができました。
これからも走井餅を残していけるように
私も11代目として、
「代の橋渡し」というひとつの役目をまっとうするため
精進しなあかんなぁとおぶっだんに手を合わせ、
心を入れ替えた御命日となりました。
精進料理もおいしかったです。
























