本日討ち入りにつき

  • 2018.12.14 Friday
  • 14:16

12月14日は忠臣蔵討ち入りの日ですね。

実は大石内蔵助の実弟と子は石清水八幡宮大西坊の住職でした。

 

江戸時代、石清水八幡宮には、男山四十八坊と言って

山内にたくさんのお寺がありました。

 


 

その中の一つ、大西坊に大石内蔵助の弟、専貞が住職をしていました。

 

 

古図を見ると御本殿の北門からすぐのところにあります。

 

 

 

専貞の跡継ぎが覚運で、大石内蔵助の叔父である小山良師の子ですが、後に大石内蔵助の養子となっています。

覚運は仇討の際、ひそかに協力したことで知られています。

大石内蔵助も、仇討の大願祈願に石清水八幡宮に訪れています。

 

 

覚運の墓は、大西坊の弟子の墓と共に善法律寺に祀られています。

 

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もみじ寺として知られる善法律寺。

今朝はもうすっかりと冬景色となっていました。

 

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明治の廃仏毀釈で、男山の坊はすべて取り壊され、例にもれず大西坊も残っていません。

しかし、大西坊の灯篭は、当店から見えるところに2基残っています。

 

 

石清水八幡宮一の鳥居前。

 

 

宿坊というのは、遠くから石清水八幡宮を参拝された旅人を泊める宿泊施設をもった坊のことで、

この宿泊費を坊の維持費に充てていたそうです。

 

 

 

 

 

また、裏参道を登って護国寺跡の近くにも1基残っています。

 

 

 

御神楽参列のご案内

  • 2018.12.08 Saturday
  • 11:32

   

  

 

12月14日、石清水八幡宮で御神楽(みかぐら)が行われます。
今までは秘祭として行われておりましたが、数年前より参列が可能となりました。

御神楽とは、神様に奉納する雅楽と歌と舞のことです。
石清水八幡宮では御祭神である応神天皇のお誕生日の12月14日(御誕辰祭)と
応神天皇が八幡大神として九州は宇佐の地に初めて御出現された旧暦2月の初卯の日の
年に2回行われています。
そのうち、初卯祭は、八幡大神様の御神慮を和める重要な祭儀であるため
秘祭であり、一般公開は一切されておりません。

 

石清水八幡宮で初めて御神楽が執り行わわれたのは平安時代の914年と非常に歴史も古く、
宮中の御神楽の源流の一つと言われており、また全国各地で行われる御神楽の原型ともいわれています。




御神楽が始まるのは午後5時。
日が落ちてからとなります。


参列者はその前に、清峯殿にて抹茶と菓子をいただきながら、

神職さんから御神楽についてお話をしていただきます。



お菓子は上用饅頭「福うさぎ」。
石清水と言えば鳩と思いますが、勅祭石清水祭でも兎餅というご神饌がお供えされたり、

先ほど述べましたように、初卯の日に御出現されたことから、兎ともかかわりが深いのです。



手水を済ませ、ご本殿に上がると
電気の明かりはすべて消され、淨暗に包まれていました。

庭燎(かがり火)による灯りがゆらめくなか、密やかに、厳かに始まります。



楽人がそれぞれ、神楽笛、ひちりき、和琴の順に神楽曲を独奏します。
そのあと、本方、末方と呼ばれる歌い手が神楽歌を独唱。
そして神様を招きました。

人長と呼ばれる舞人が神の依り代である榊の枝を持ち、
神楽曲「早韓神(はやからかみ)」の合奏に合わせて、採物舞(とりものまい)を舞います。
この舞は神霊を招き、ことほぐ舞だそうです。

徐々に楽器や歌い手の数が増え、
静かな中に雅楽の音色、合唱の声が大きくなり、ご本殿全体にこだまします。

そして、そのあと、クライマックス「宮廻り」が行われます。
これは石清水御神楽の伝統で楽人らと舞人である人長が
全員で合唱し、曲を合奏しながら御本殿の周りを三周するのです。
楽器も行燈も持って行列をなしてご本殿を回られていると、
参列席からは何も見えなくなり、またしばらくすると雅楽の音色と歌声とともに
姿が見えるということが三度繰り返されます。

御神楽の祝詞の中に「あな楽し、あな面白しと聞こしめて」という一節があるそうです。
奉仕する側も神様も一緒に楽しむ、ということだそうです。

最初ははりつめた緊張感でしたが、神楽曲が盛り上がるにつれどんどんと楽しくなっていきます。
きっと神様も楽しんでくださっていたのではないでしょうか。

 

 

厳かな雰囲気の中の素晴らしいパフォーマンスショー。

石清水八幡宮でしか経験できません。

また石清水八幡宮の数ある参列できるおまつりの中でも、御神楽は一味もふた味も違います。

一見の価値あり。
是非皆様もこの機会に参列されていはいかがでしょうか。

詳細は石清水八幡宮へ。

 



交通安全

  • 2018.11.18 Sunday
  • 16:04

明日、11月19日、石清水八幡宮では交通安全大祭が行われます。

 

石清水八幡宮の御祭神・比彗膺斥佑禄〜三女神とも呼ばれ、
交通安全の神様として篤く信仰されています。

 

明日の交通安全大祭では、ご祈祷時お名前とともに車両ナンバーも読み上げられます。

また、車のお祓いもしていただけます。

車のお祓いは、山上の御本殿駐車場でも、山麓の頓宮駐車場でもしていただけます。

山麓の頓宮駐車場でお祓いをしていただけるのは、この日だけです。

 









 

石清水八幡宮の交通安全のお札とステッカー



 

 


 

特にステッカーは毎年色が変わるので、車に貼るとかわいいですよ。

 

ちなみにバイク用もあります。

 







もちろん弊舗の社用車と配達用原付は石清水八幡宮の御祈祷済みです。

 

是非皆様も、石清水八幡宮で交通安全祈願されてはいかがでしょうか。

 

10/21石清水八幡宮イベントのご案内

  • 2018.10.18 Thursday
  • 11:23

今週末10月21日、石清水八幡宮で行われるイベントについてご案内します。

 

『第4回 やわたうまいもん祭&マルシェ』

地元グルメから和洋スイーツまでうまいもんが大集合!
ステージイベントや手作り市、ゆるきゃら「やわたたけちゃん・のこちゃん」も登場します。
ご家族おそろいでお越しください。
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会場は、石清水八幡宮頓宮。
   


9月15日に斎行された勅祭石清水祭では、重儀の舞台となった頓宮殿。
現在はいつも通り穏やかなお姿です。



山上ではなく、山麓、当店から徒歩すぐのところが会場です。
うまいもん祭にお越しの際は、走井餅老舗にもお立ち寄りください。

なお、当日会場にも「地元八幡の和菓子」コーナーにて走井餅と鳩もなかを販売いたします。

そちらもよろしくお願いします。

 

10時から15時

詳細はこちら

 

 

『空中茶会in YAWATA』

 

同日、石清水八幡宮南総門前(山上の御本殿前です)にて、新・空中茶室「そら」を使用したお茶会が

開催されます。

新・空中茶室「そら」とは、江戸時代に、石清水八幡宮の社僧であった松花堂昭乗と小堀遠州が

男山中腹に崖からせり出すように立てた懸け造りのお茶室「閑雲軒」を

現代版にイメージし、アレンジした、移動式のお茶室です。

雲の中にいるようなふわふわしたデザインとなっており、

その中でお抹茶をいただけます。

 

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13時半から時間ごとに5回は昼の部として、石清水八幡宮山上にて開催されます。

18時半からの2回は夜の部として、男山ケーブルで夜景を見ながらの体験もあるようです。

詳細はこちらをご覧ください。

 


 

21日は丸一日、石清水八幡宮で楽しめそうですね。

イベント開催のこの貴重な機会に、是非八幡へお越しくださいませ。

 

八幡とエジソン

  • 2018.10.16 Tuesday
  • 12:21

10月18日はエジソン没後87年の御命日。

翌19日に、石清水八幡宮ではエジソン碑前祭が行われます。

 

八幡市駅に降り立つと、目に飛び込んでくるのがこのエジソンの胸像。




 

そしてその通りはエジソン通りと命名されています。

 



世界の発明王エジソンの最も代表する発明品といえば白熱電球でしょう。

「世界の夜を昼にした」と言われ、文明の進歩を大きく助けました。

 

その白熱電球の発明になくてはならなかったのがここ京都八幡の竹です。

 

エジソンは、最も長く灯るフィラメントの素材を世界中に探していました。

その中で、なんと八幡の真竹をフィラメントに使用した電球が最も長く輝いたのです。



 

この細く裂いた竹が光をともすのです。

私も見せていただいたことがありますが、

今の電気の人工的な灯りではなく、なんとも温かみのある優しい光です。

その所縁で石清水八幡宮にはエジソン記念碑が建立されています。

 

 

神社の境内にエジソン記念碑とは驚かれるかもしれませんが、実はその歴史は古く、

昭和9年から建立されており、私の祖母も小学校の遠足でその前で記念撮影をしています。



 

戦後、GHQが官幣大社をいわば戦犯として潰そうかと石清水八幡宮へ視察に来た際、

エジソン記念碑を目にし友好の念を覚えたことが、石清水八幡宮が取り壊されずに済んだ理由の一つと

言われています。

日米友好の懸け橋にエジソンが一役買ったわけです。

 

10月19日に行われるエジソン碑前典では、日米両国の国旗が並び、両国の国歌が流れます。



 

神社の中で、星条旗が掲げられ、アメリカ国歌が流れるなんて

なかなか珍しい光景だと思います。

 

日の丸と並んでいる星条旗、君が代に続いて流れるアメリカ国歌。

かつて、エジソンが日米友好の懸け橋となったように、

国と国でいがみ合うことのない平和な世の中を切に願うばかりです。

 

 

 

申し込み不要で当日どなたさまでも参列できます。

エジソン碑前祭

10月19日(金)16時から

エジソン記念碑前にて 

平成30年勅祭石清水祭

  • 2018.09.15 Saturday
  • 20:15

平成30年9月15日、石清水八幡宮では、

勅使参向の元、勅祭石清水祭が厳粛裡に斎行されました。

あいにくの天候で、雨儀となり、絹屋殿著御の儀は省略されました。

 

 

午前3時ごろ 神幸行列

 

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午前5時半ごろ 奉幣の儀

 

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午前8時ごろ 放生会

雨儀となり、胡蝶の舞は安居橋でなく、頓宮前舞台で行われました。

 

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午後5時ごろ 還幸の儀

 

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上卿以下の雁列といわれる頓宮西側での列立は

雨儀により礼堂内に変更となりました。

 

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今年も石清水祭に参列させていただきましたことを心より感謝いたします。

今後も八幡大神様の御神徳に感謝し、精進してまいります。

ありがとうございました。

石清水祭各論6 還幸の儀

  • 2018.09.13 Thursday
  • 17:50

還幸の儀 午後4時半   @山麓頓宮 (一般見学不可)

 

15日夜中に山上から山麓へ降りてこられ、頓宮殿で一日お過ごしになった八幡大神様。
15日夕刻にまた、400人ものお供の行列を従え山上へとお戻りになられます。

御神体を御鳳輦におうつしになる神事は勅使さまのもと行われます。

 

 

 

16時半

還幸の儀に先立ち、地元・八幡の産土神の高良社に夕御饌(ゆうみけ)がお供えされます。

 

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これは上卿は関わらないため、斎館の前で行列されています。

 

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上卿は4.5mもある赤い裾(きょ)をまとめて折りたたみ左手で持っています。

裾を折りたたむのは召使の仕事。

 

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これも決して上卿が雑談しているのではなく、召使に命令を出しているところです。

 

 

 

17時 還幸の儀

 

上卿以下著座

 

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斎館前の礼堂に入られました。

姿勢を正されたり、崩されたり、合図とともに上卿以下が一斉に行われます。


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けんれん

御神前の御簾(みす)が神職さんの手により
巻きあげられ、御開扉となります。

 

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献饌

神饌(しんせん)がお供えされます。

 

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上卿「見参(げざん)」を被見

外記が上卿に見参という神禄を受ける者の名簿をすすめています。

 

 

 

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外記(五位)は、太政官の主典で文書を司る役職です。

明るい赤と入欄のほうという古風な束帯姿が定め。

外記以下はさいぢゃくという短い裾を著けています。

 

垂簾(すいれん)

大切なところは五色幕がはられ一般の目には触れないようにされます。

 

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神宝御剣拝受

神様のおそばに常にある神宝御剣が先にうつされます。

「御躰の神剣(ぎょたいのしんけん)」とも尊ばれ、御神体三座につきそれぞれ

「一の御剣」「二の御剣」「三の御剣」とあります。

 

 

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神職によって頓宮内から持ち出され、神宝御剣神人に手渡されます。

行列の間中、神宝御剣神人は神剣を捧持し、御鳳輦に近侍します。

 

 

上卿以下は礼堂から出て、履き物を履き替えます。

 

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移動されるまでの間、椅子の横に履き物だけがずらりと並んでいるのが、

なんともかわいらしく見えます。

 

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履き物を履き替えると上卿以下は頓宮西側に列立します。

この整列の姿は、渡り鳥の飛ぶ姿に似ていることから「雁列(がんれつ)」と呼ばれます。

 

 

 

長い裾がわかりますでしょうか。

 

 

 

 

 

出御

御神体を御鳳輦におうつしになります。

 

まず舞台に三座の御鳳輦が到着。

 

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一座ずつ頓宮内へ

 

 

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白絹の直垂・麻綿たすき姿の駕與丁長神人(かよちょうのおさじにん)が、

出御・入御の際には格別の奉仕をします。

 

 

御神霊をおうつしになっている間、神人は控えています。

 

 

また御鳳輦が頓宮殿手前の舞台に奉安(ほうあん)される際に「ケヒー」という声がかけられます。
これは「警蹕(けいひつ)」と呼ばれる作法で、通常は「オー」という音が一般的ですが、

石清水祭においては「ケヒー」という特殊な警蹕がかけられます。

 

 

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三座の御神体が御鳳輦におうつりになると、御発御になります。

 

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行列を従えます。

 

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18時半ごろ行列をしたがえ出発。表参道をゆっくりとした歩みで上られ、

山上の御本殿にお戻りになられます。

 

 

 

頓宮南門から二の鳥居の間の参道付近(山麓)では

どなた様でも還幸行列を見ることができます。

夜中の神幸行列より、見物の方が多くいらっしゃいます。

一時間弱の立ち見です。

 

シリーズでお伝えしてきました石清水祭。

言葉などが難しかったかと思いますが、少しはご興味を持っていただけましたでしょうか。

結局のところ、15日の朝8時から9時の放生会、または15日夕方18時から19時の還幸行列のどちらかが

観光しやすいポイントでしょうか。

 

いよいよ明日からです。

皆様のお越しを心よりお待ちしております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石清水祭各論5 放生行事

  • 2018.09.12 Wednesday
  • 12:33

放生行事 午前8時ごろ @放生川・安居橋
魚や鳥が放され、生きとし生ける物の平安をお祈りされます。
童児による胡蝶の舞の奉納がおこなわれます。



朝8時。
お祭りの舞台は頓宮からすぐお隣の放生川と安居橋に移ります。 

放生会は、石清水祭の起こりとなった行事です。

石清水祭は、石清水八幡宮創建より四年後の貞観5年(863年)清和天皇の御代、旧暦8月15日、
宇佐宮の放生会にならって「石清水放生会」として始められました。

八幡大神様が放生川の辺にお臨みになり、魚や鳥を解き放つことにより、生きとし生けるものの
平安を願われたのです。

天暦2年(948年)、村上天皇の御代からは勅会となり、歴代の天皇陛下が毎年勅使を遣わされ、国家の安寧と

国民の幸福を祈請してこられました。

その後、円融天皇の天延2年(974)に、朝廷の諸節会と同じく、雅楽寮の楽人舞人を遣わし、音楽や舞を

演奏することが定められました。

また、後三条天皇の延久2年(1070)には、上卿が勅使を兼ね、参議、近衛次将ら朝廷の諸高官を率いて参向し、

天皇行幸の儀に準じて御鳳輦の渡御を行うなど、荘厳になっていきます。

しかし、後花園天皇の御代の末頃(〜1464)からは、諸国戦乱のため、しばしば斎行が延期されるようになり、

ついに後土御門天皇の文明年間(1470頃)以降は、中絶されてしまいました。

それから約200年後の霊元天皇の延宝7年(1679)に再興されました。

明治初年の大改革により、石清水放生会の名は「仲秋祭」「男山祭」などと改称されたのち、

大正7年より「石清水祭」と改称され、現在に至っています。

 

1000年以上にわたり受け継がれてきた、祭の原点ともいえる放生行事。
祝詞奉唱のなか、川へ魚が、空へは鳩が放され、
橋の上で童子による胡蝶の舞が奉納され、石清水祭のうちの

見どころの一つです。



 

舞台となる川は放生川。

河川名としては大谷川と言いますが、放生行事が行われるこのあたりだけは

この名がついています。

かかる橋は安居橋、通称は太鼓橋です。

放生行事が行われやすいように、端の中央北側一部が出っ張っています。


安居橋の上に、「八幡」の語源である、紅白各四流の大幡が設置され、禰宜以下の神職が現れました。

ここからは宮司・権宮司はご奉仕されません。

 





修祓


大祝詞奉唱



放魚




放鳥









胡蝶の舞

4名の童子が背中に蝶の羽をつけ、山吹の花を挿した天冠をかぶり、

山吹の花の枝を持って舞います。
橋のふもとでは楽人が雅楽を奉奏します。

 

 

 


 

この放生行事は、さざなみ公園よりどなたでも見ることができます。
所要時間は1時間弱。立ち見です。

そして、この放生行事が終わると夕方5時にまた、御神霊が頓宮より
行列をなして山上のご本殿へと戻られる還幸の儀まで
奉納舞楽や奉納演武のほか、これといった祭りごとは行われません。

 

午前10時 舞楽奉納

 

 

 

13時 奉納演武

 

 

夕方からは、頓宮境内はまた崇敬者のみしか入れなくなりますが、

日中は自由に入ることができますので、

御鳳輦や行列の道具、お花神饌を近くで見ることができます。

 

御鳳輦

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御花神饌

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行列の小道具

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「石清水八幡宮のお祭りは9月15日」とお思いになって、一般的な時間(お昼頃)に

お越しになっても、何も行われていません。

朝8時から9時ごろまでの放生行事を見学されるか、夕方18時ごろに還幸行列を見学されるしか

お祭りの雰囲気は味わえませんのでご注意ください。

 

次回、石清水祭各論6還幸の儀にて最終回といたします。

いよいよ近づいてまいりました。

石清水祭4 奉幣の儀

  • 2018.09.11 Tuesday
  • 14:27

 

奉幣の儀 午前5時半ごろ ※一般見学不可 @山麓頓宮

 

山麓の頓宮で天皇陛下のおつかいである勅使参向のもと、
天皇陛下のお供え物が献れます。

 



しらじらと夜が明けだす早朝5時半。
お祭りはさらに静けさを増し、はりつめた空気に。
いよいよ天皇陛下からの御奉納品が御神前に奉献される最も重儀、
「奉幣の儀(ほうべいのぎ)」がはじまります。



石清水祭の主要舞台、山麓の頓宮殿。

頓宮の前には、祭のためだけに建てられた舞台。

 

 

頓宮南門前に2名対侍して警護するのは、官祭列(上卿側)のうちの左右衛門府(五位)で、

緋の武官束帯姿をしています。

舞台の南にもおなじ装束の左右兵衛府が2名対侍して、警護しています。

 

 

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斎館の前は、これも祭のためだけに建てられた、上卿(勅使)以下参議(四位)や左右次将(四位)が

入られる礼堂という建物です。

 

修祓につづいて上卿以下が著座されました。

 

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上郷(しょうけい)
祭典奉仕者の最高位で、古来は大納言か権大納言級の高級文官が差し遣わされていました。
現在は宮中の祭儀を司る掌典職より遣わされています。
装束は平安期の男子正装である束帯で、据(きょ)という4.6mもの長い絹をひいています。

据は、夏の装いで、身分や祭典により長さの規定があり、
勅使がこれほど長い裾をつけるのは、式年遷宮の時の伊勢神宮と、上下賀茂社、
春日大社のみだそうです。

なお、石帯(腰帯)の飾り石は、有紋玉巡方という繊細な透かし彫りがされた文化財級の芸術品。

蒔絵螺鈿の細太刀や紺だんの平緒なども古式通りの格式を伝えており、皇室の御尊崇のほどが

拝されます。



頓宮の中には三体の八幡大神様がうつられています。

 

写真の奥の方に、二名の白丁に奉舁された菊の御紋のついた唐櫃が見えますでしょうか。

 

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ここに、天皇陛下の御奉納品である御幣物が納めてあります。

 

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御幣物のうしろには、官祭列より内蔵寮史生(くらりょうのししょう)が続いています。

内蔵寮史生は、六位と下位ですが、御幣物を司るので、縹の束帯に長い裾をつけています。

御幣物はのちほど奉献されますが、いったん斎庭に進められ、

御幣物が前を通る時、参列者は起立し低頭しています。


つづいて、御神前の御簾(みす)が2名の神職によって巻きあげられ、御開扉となります。

 

 

 

そして神饌(しんせん)がお供えされます。

 

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石清水祭の神饌は、古来より伝承されてきた特殊なもので、
御飯・焼鳥・兎餅などの火を通したもの(熟饌)と、
鮭・ブドウ・なす等の火を通さないもの(生饌)、
「供花」の三種類に大別されます。

それぞれ昔からの規則で切り方、盛り方も決められています。
お供え物の中には、とさかのり、三島のり、ミル、ワサビ、河骨、榧実、金海鼠など
珍しいものもあります。

「供花」について少し詳しくご説明いたします。
供花とは、生の花のお供えではなく、
簡単にいえば和紙でできた造花です。
供花神饌(おはなしんせん、きょうかしんせん)とよばれ、
毎年新調されます。

 

IMG_7868.JPG

八幡大神にご覧いただき、御心を御慰めするためにお供えされるもので
他の神社ではほとんど見ることのできない特殊神饌です。

ご神饌とともに頓宮の御神前にお供えされます。

 


12台の花や鳥で現した伝統工芸品である供花は、
古来は宮中からの特別なお供えでした。

現在は、三笠宮彬子女王殿下が製作に携わられています。

 

IMG_7870.JPG

 

12台の数は、四季×三座で春夏秋冬の花を八幡大神三座それぞれに配した物だそうです。

また、台はかつては蓮の台でしたが、明治初年の神仏分離以降は椿の台に代えられました。


杜若・鴫2羽・河骨


紅葉・鹿2疋・小菊・桔梗


桜・蝶2疋・山吹

 

牡丹・蜻蛉2匹・石竹

 

橘・鷹1羽・薔薇

 

松・鳩二羽・巣籠りひな二羽・藤・つつじ

 

椿・せきれい2羽・根笹

 

水仙・きじ2羽・藪こうじ

 

南天・兎2疋・寒菊

 

梅・ウグイス2羽・福寿草

 

菊・鶴二羽・秋海棠

 

雪持竹・鳳凰1羽・山茶花

 

染司よしおかの吉岡幸雄氏が

男山から採取した各樹種の枝や、化学染料を一切使用しない古代染めの技法で
染色した和紙を用いて調整されてます。

こちらは奉幣の儀が終わり、頓宮内の立ち入り禁止がとけたあとに
どなたでもご覧いただけます。

とってもかわいいので、是非近くでご覧になってみてください。






そのあと宮司による祝詞の奏上があり、いよいよ
上卿が舞台で見守る中、天皇陛下からの御弊物が御神前に奉献されます。

内蔵寮史生より宮司に三座分の御弊物手渡されます。

上卿が舞台に着座したのち、左手で裾をくる動作は、平安朝の殿上作法を伝えるもので
注目に値します。

国家の繁栄、国民の安泰、世界平和を願われる天皇陛下の
御祭文が上卿によって微音にて奏上されます。
この御祭文は、黄色の鳥子紙に書かれています。
黄色というのはとても珍しく、格の高いことをあらわしているそうです。

この際、上卿と宮司によって行われる返し祝詞は極めて珍しい作法で、
二拍手の最初を宮司がうち、二拍目を上卿と宮司が重ねてうちます。
そして上卿がうちます。
拍手が計三回聞こえてきます。

上卿が行う所作も起拝という最も鄭重な拝礼だそうです。

息が詰まりそうなほどの貴重な時間ののちに、二頭の神馬が御神前を三周します。
これは、石清水神馬舎で飼われていた神馬ではなく、宮中の左右馬寮から
毎年各一頭ずつ奉納されたものの再現です。

 

縹の武官束帯姿の左右馬寮(六位)が祭典中は南門外の御馬舎前に二名対侍し、

「御馬牽徊の儀」では、神馬に先行して、舞台を三周します。

 

IMG_7836.JPG



続いて勅楽奉奏。
霊元天皇が雅楽器を奉納された故事にちなみ、そのうちの三管を楽人に授け、4曲の勅楽が奉納されます。

 


そして、撤饌、御簾は垂れられ、勅使様とともに行われる
特別な「奉幣の儀」が終了します。

 



そのあと、頓宮の横にある八幡の氏神様「高良神社」に
朝御饌(あさみけ)がお供えされます。


頓宮から出てこられる神職さんたち


すぐお隣の高良神社へ


お供えが終わって降りてこられました。







ようやく朝も8時。

奉幣の儀は朝5時半から8時までのノンストップです。
 

次は場所を放生川へうつし、放生行事です。

注意・・・
今回ご紹介した「奉幣の儀」は一般見学はできません。
私達崇敬者や事前の申し込みの方のみ、頓宮内廻廊に参列席が設けられており
そちらに座って見学できますが、一般の方は赤門(頓宮南門)の手前から
ちらりと見える程度で、頓宮内に入ることはできません。
長時間の祭りのため、その場所で立ったままの見学はかなり厳しいかと思います。

事前申し込みの際の玉串料は5000円です。

詳しくは石清水八幡宮社務所(075-981-3001)までお問い合わせください。

参列の場合、この後続いておこなわれる放生行事が終わるまでは、ノンストップです。

 

 

石清水祭各論3 頓宮神幸の儀

  • 2018.09.09 Sunday
  • 13:58

頓宮神幸の儀 午前4時15分ごろ  ※一般見学不可 @山麓頓宮
ご神体を御鳳輦の中から頓宮へおうつしになる神事です。



 

頓宮とはいわば、御旅所のようなもので、一年の内この石清水祭の時にだけ神様が入られます。

普段はのんびりとしていますが、この日だけは厳重な祭儀が執り行われる最も要の場所です。

頓宮の前には舞台が、斎館の前には礼堂といわれる建物がこの日のためだけに臨時にたてられます。

 

 

 

雅楽の演奏も終わり、聞こえるのは虫の音のみという静寂。

灯りはわずかな松明と月の灯り。

 

この時の月が毎年とても美しい。

そもそも石清水祭の斎行は旧暦の9月15日だったのですから、

毎年十五夜に行われていたのです。

お月様の神秘的な力と結び付けられていたのでしょうね。

今でこそ、新暦なので必ずしも十五夜とは重なりませんが、それでも

この時期の月は明るく、神秘的な力を発していてとても美しく思います。

 

張りつめた緊張感が漂います。

古から変わらず、どのような方々がこの貴重な時間を過ごしたのでしょう。



絹屋殿で 勅使様によって奉迎された御鳳輦が、
頓宮南門を通り、まず頓宮前に臨時に設置された舞台へ。



勅使様は舞台西側で列中しています。
その整列の姿は、渡り鳥の飛ぶ姿に似ていることから
「雁列」と呼ばれています。

頓宮内には、神宝御剣が先に移されます。

言葉の通り、この御剣は御神宝なので、神様か一時も放されることがありません。

「一の御剣っ!」「ほっ!」

神宝御剣神人から神職に手渡され、頓宮へ先に移されました。


そのあとに御神体が入御されます。

「御鳳輦っ!」「ほっ!」
ここでご奉仕するのは、先ほどまで行列のときに御鳳輦に携わっていた

御綱曳神人や駕與丁神人ではなく、駕與丁長神人とよばれる神人です。

白絹の直垂、麻綿たすき姿で、彼らは行列のときは各御鳳輦に近侍し、

出御・入御の際に格別の奉仕をします。


御神体は三体ですので、三度繰り返されます。

静けさの中、掛け声がこだまします。



実際、この暗闇なのでほとんど何が行われているかは見えません。
ただ、とても重要なことが行われているという空気はひしひしと伝わってきます。
この間参列者は起立し低頭しています。



こちらが礼堂。勅使さまの入られる建物です。
 


頓宮南門 舞台 頓宮


 

だんだんと日がのぼり、明るくなってきました。

これぐらいまで明るくならないとお写真はもとより肉眼でもほとんど見えません。

ですので御神霊を御鳳輦から頓宮へおうつしになっているところは、ほぼ見えません。

同日夕刻の還幸の儀の、頓宮から御鳳輦へおうつしになる時の方がまだ明るくてよく見えます。

各論最終章「還幸の儀」で雁列などのお写真もお伝えすることといたします。

 

 

重要な役目を終え、今はまた夕刻まで時を待つ三基の御鳳輦。

   

 

 

官祭列の札




 

お勅使様のことを祭典中は上郷(しょうけい)と呼ばれます。

 

 

この後、続いて朝5時半より同じ場所で最も重儀である「奉幣の儀」がおこなわれます。
 

 

ご注意・・・
今回ご紹介した「頓宮神幸の儀」及び続いて行われる「奉幣の儀」は
一般見学はできません。
私達崇敬者や事前の申し込みの方のみ、頓宮内廻廊に参列席が設けられており
そちらに座って見学できますが、一般の方は赤門(頓宮南門)の手前から
ちらりと見える程度で、頓宮内に入ることはできません。

事前申し込みの際の玉串料は5000円です。

 

石清水祭は、時間帯のことと、参列が長時間に及ぶこととで、本気で参列する方にしかおすすめできません。

午前2時から始まる祭は、終わるのは午前9時ごろです。

途中で抜けたり、途中からの参列はほぼできないと思っていただいた方がよいかと思います。

参列のポイントは本ブログでお伝えしますので、是非参考になさってください。

 

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