女塚男塚

  • 2020.10.22 Thursday
  • 15:01

八幡は「徒然草」や謡曲「弓八幡」「放生川」、浄瑠璃「引窓」など古くからたくさんの作品の舞台となっています。

 

世阿弥作の謡曲「女郎花」もそのひとつです。

 

「男山のふもとに住む小野頼風と深い仲にあった都の女が、
男の足が遠のいたのを恨み悲しんで、放生川に身を投げた。
女の脱ぎ捨てた衣が朽ちて、そこから女郎花が咲き出し、
恨み顔に風なびいている姿をはかなんだ頼風も、後を追って入水した。
これを憐れんだ人々は、塚を築いて、女塚、男塚とした。
邪淫の妄執に苦界を彷徨っていた男女の亡霊が、この塚から現われて、
旅僧回向を乞い、そのおかげで結ばれた。」

 

平安初期の恋の物語。

名所旧跡にことよせた能作の一つといわれています。

 

その女塚というのは、現在の松花堂庭園内にあります。

前には秋の七草、女郎花が植えられ、さみしそうに風にたなびきます。

 

 

 

 

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一方、男塚はそこからは結構離れた東高野街道沿いにあります。

 

 

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周りに生い茂る葦は、「片葉の葦」と呼ばれ、
女郎花塚の方向にしか葉が付いておらず、女郎花塚に向かい、
今も「恋しい、恋しい」となびいているといわれています。

 

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どちらもが恋しい、さみしい、となびいているのですね。

せめて塚だけでも近くに寄せてあげたらばと思うばかりです。

 

頼風塚は当店から歩いて10分ぐらい、善法律寺の近くにあります。

どなたさまでもご覧になれますので、散策途中に立ち寄ってみてください。

 

今日のように肌寒い秋の日は、ふと思い出し、お参りしたくなります。

 

円福寺万人講

  • 2020.10.20 Tuesday
  • 11:40

本日、八幡市の円福寺では秋の特別公開、万人講が開催されています。

円福寺は修行道場のため、観光のためには普段は公開されていないのですが、

萬人講という名のお祭が春と秋の年に2度あり、

その日だけどなたでも入ることができます。

前回4月20日の万人講は、コロナのために中止となり、今回も

心配していたのですが、コロナ対策を万全にして開催されることとなりました。

私も朝からお参りに行ってきました。

 

自家用車の乗り入れは禁止のため、この日だけ特別に直通のバスが

京阪電車樟葉駅から出ます。

 

 

 

 

国道一号線のすぐそばとは思えないほど、急に空気が変わるのが

不思議だなぁと思います。

 

 

 

 

山門では、和尚さんが参拝者お一人お一人に検温し、マスク着用を促し、アルコール消毒をされていました。

 

 

いつもは網代傘をかぶって東司の周りを一周しお参りするウスシマさん。

 

 

今回は、コロナ対策のため、傘の用意はなく、お経を唱えて一周します。

ウスシマ明王は、すべての不浄を清浄に転じる力を持った仏様で、

円福寺では、「オンクロダーノウンジャクソワカ」と唱えながらお手洗いの周りを一周し、

ウスシマさんにお参りすると、下半身の病気になりにくいと信仰されています。

 

円福寺のことを達磨堂やだるまさんと呼びますが、

円福寺の達磨大師坐像は、日本最古の達磨像で、聖徳太子の御自作と伝えられています。

大和国達磨寺から八幡に移り石清水八幡宮社務田中家に秘蔵されていたもので、
国の重要文化財に指定されています。

万人講では特別にご開帳され、この達磨さんに諸々の願い事の成就をお祈りすることができます。

 

本堂ではたくさんの和尚さんがお経をあげ続けられています。

太鼓の音がリズムよく、なかなか迫力があります。

私たちもだるまさんの前に用意された椅子に座らせていただき、手を合わせます。

 

 

鉛筆の感染対策や世話方さんの手袋着用、

またお札さんなどをお渡しするとき、受け取るとき、

すべて「ここに置いてください」「ここからお取りください」と手渡しはなく

徹底されています。

 

 

 

 

 

いつも楽しみにしていたお茶席も今年はありませんでした。

同じ理由で、お弁当もその場ではいただけず、お持ち帰りのみ。

 

 

万人講の精進料理は名物で、赤いお膳の精進料理は、
開運、厄除け、中風のまじないにきくと厚く信仰されています。

托鉢のおダイコンでつけたおこうこや、畑のゴボウが入った炊き込みご飯など、

すべてお寺で調理されています。

和尚さん、雲水さん、世話方さん総出で早朝から作られる精進料理は、

心がこもっていて本当にありがたいものです。

 

帰宅すると早速いただきました。

 

 

いただいてきた御朱印。

 

 

御朱印も御朱印帳には直接は書いていただけず、書置きでの対応となっていました。

 

御朱印はお店の床の間に飾らせていただきました。

それに合わせて、色紙も円福寺老師筆をかけました。

 

「心無罣礙」

 

コロナ渦になってから、寺社仏閣のお祭りごともほとんど中止を余儀なくされましたが、

今回、円福寺万人講では万全の対策で開催されています。

ぜひ安心してお出かけください。

(マスク着用をお願いします。)

 

 

円福寺萬人講

10月20日(火)朝7時半〜午後2時まで

2000円(ご祈祷とお弁当付)

 

円福寺参道での八幡市観光協会のブースで走井餅を特別販売しています

どうぞお土産に走井餅をお求めください。

 

 

八幡とエジソン

  • 2020.10.17 Saturday
  • 16:45

10月18日はエジソンの御命日。

それに先立ち、昨日石清水八幡宮ではエジソン碑前祭が行われました。

 

八幡市駅に降り立つと、目に飛び込んでくるのがこのエジソンの胸像。




 

そしてその通りはエジソン通りと命名されています。

 



世界の発明王エジソンの最も代表する発明品といえば白熱電球でしょう。

「世界の夜を昼にした」と言われ、文明の進歩を大きく助けました。

 

その白熱電球の発明になくてはならなかったのがここ京都八幡の竹です。

 

エジソンは、最も長く灯るフィラメントの素材を世界中に探していました。

その中で、なんと八幡の真竹をフィラメントに使用した電球が最も長く輝いたのです。



 

この細く裂いた竹が光をともすのです。

私も見せていただいたことがありますが、

今の電気の人工的な灯りではなく、なんとも温かみのある優しい光です。

その所縁で石清水八幡宮にはエジソン記念碑が建立されています。

 

 

神社の境内にエジソン記念碑とは驚かれるかもしれませんが、実はその歴史は古く、

昭和9年から建立されており、私の祖母も小学校の遠足でその前で記念撮影をしています。



 

戦後、GHQが官幣大社をいわば戦犯として潰そうかと石清水八幡宮へ視察に来た際、

エジソン記念碑を目にし友好の念を覚えたことが、石清水八幡宮が取り壊されずに済んだ理由の一つと

言われています。

日米友好の懸け橋にエジソンが一役買ったわけです。

 

毎年、石清水八幡宮では2月のエジソンのお誕生日と10月の御命日には、

エジソン記念碑の前で日米両国の国旗が並び、両国の国歌が流れます。



 

 

 

 

伊勢大神楽

  • 2020.10.15 Thursday
  • 14:30

 

 

先日、よく晴れた秋の日、お店に獅子舞がやってきました。

鐘に笛、太鼓のリズミカルなお囃子。

それらに合わせて獅子が舞います。

これは、昔からの民間信仰で、

古くは神宮へお参りに行けない方へ、伊勢のお札を届けるために始まったそうです。

うちにも昔から年に二回、春と秋に来てくださいます。

 

 

 

お店に向かって、商売繁盛、家内安全と唱えてくださるのですが、

今回はそれに加えて、疫病退散!と唱えてくださいました。

 

たまたまお店に居合わせたお客様や、通りすがりの方も

思わず足を止めて見入っていらっしゃいました。

 

 

岩田帯

  • 2020.10.10 Saturday
  • 13:52

妊娠五か月目の戌の日に安産祈願のお参りをし、腹帯を巻きますね。

腹帯のことを岩田帯とも言いますが、岩田とはここ八幡市の地名から来ています。

 

 

岩田は昔、綿の産地で、ある年、京の都からお供を連れたお姫様がお通りになったとき、

急に産気づかれ、村人たちがとっさに綿を敷き詰めた小屋を用意し、お産がうまくいったことから、

その後、縁起を担いで綿を紡いで布にした岩田帯を巻くようになったそうです。

 

全国的に名が知れた岩田帯ですが、PR不足か八幡発祥とはあまり知られていないかもしれませんね。

同じく、松花堂弁当やゴボウをウナギで巻いたお料理「八幡巻」なども名前は有名なのに

八幡発祥ということをPRしていかなければなりませんね!

 

さて、岩田帯に話を戻しますが、石清水八幡宮では安産祈願の御祈祷をすると

岩田帯がいただけます。土地のゆかりの岩田帯、伝説にちなんで安産に恵まれそうです。

また、石清水八幡宮の御祭神である神功皇后は安産の神様でもあります。

「古事記」によると、神功皇后は妊娠中であるにも関わらず、夫に代わり戦に向かい

おなかに石を巻いて出産を遅らせ、帰ってくると無事に応神天皇を出産されたというお話があります。

 

石清水八幡宮は厄除け祈願のイメージが強い神社ですが、このように、神功皇后、岩田帯ゆかりの

神社であることから、安産祈願にもたくさんの参拝客が訪れます。

 

 

 

木津川水泳場

  • 2020.09.17 Thursday
  • 14:41

一昨日、NHK京都放送局で放送された「京いちにち630」はご覧になりましたでしょうか。

先日のご案内に、京都しか見られないと書いたのですが、

ホームページで動画が配信されています。

見逃された方はぜひ、こちらからご覧ください。

https://www.nhk.or.jp/kyoto-blog/tokusyu/

 

かき氷の思い出話として、木津川水泳場のお話が出てきました。

昭和40年ごろまで、御幸橋の上流あたりに水泳場があったそうです。

さくらであい館から、木津川と宇治川が見えますが、

川の景色が全く異なります。

 

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右側が宇治川、左側が木津川、中央が背割堤。(現在の写真です)

そう、木津川には砂がたくさん見えます。

なるほど当時は砂浜となっていたのですね。

高度経済成長期に伴い、土砂の採集が盛んになり、また各地にプールができて需要がなくなり、

水泳場は閉鎖されたそうです。

 

 

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御幸橋は数年前、老朽化に伴い、少し上流にかけられましたので、ちょうど今の橋の下ぐらいが

水泳場だったと思われます。

橋は架け替えられましたが、親柱は昭和二年のものが受け継がれて使われているので、

こちらは当時のままですね。

 

さて当店は、当時、水泳場で浜茶屋を経営していたそうです。

うどん屋さんや肉屋さんなど八幡のお商売屋が集まって共同で経営し、
おうどんやお寿司、かき氷、サイダーなどを売ってたそうです。

写真はうちのアルバムから。

 

 

 

 

 

昭和33年となっています。

 

浜茶屋をやろうとお店屋さんに声をかけて、組合を作り、長となっていたのが

当店の8代目、私の曽祖父です。

写真には当時、店番をしている姿がたくさん収められています。

 

 

 

一緒に写っている小さな坊やは父です(笑)

 

 

こちらは祖母。20歳代前半ですので若さ満天ですね。

当時、祖母は本店で走井餅を作っており、たまに配達にでかけていたそうです。

 

今でも年配の方が、昔はよく泳ぎに来たわぁとおっしゃることがあります。

現在は遊泳禁止ですので、ご注意くださいね。

 

引窓

  • 2020.09.01 Tuesday
  • 13:24

本日より始まりました東京・歌舞伎座での九月大歌舞伎の第三部に「引窓」が上演されます。

実はその物語の舞台はここ八幡なのです。

引窓とは綱を引いて開閉する天窓のことで、放生会(現在の石清水祭)の前日に、引窓で月明りを調整し、

母が後妻に入った南邸で追われる実の息子と捕縛の役目を負いながら葛藤の末に見逃す義理の息子の人情を

描いたストーリーです。

今でこそ放生会は新暦で行われていますが、昔は旧暦の中秋の名月に行われていましたので、

月明りでの物語は納得。

フィクションの物語なので、実際にここに主人公の南与兵衛が住んでいたわけではないのですが、

当店もある、ここ高坊地域がお話のモデルになっています。

罪人を探すのに「くずは、橋本を探す」や、河内への逃げ道に「狐川を通り」など

近辺の地名が出てきてなじみ深く、私も何度も拝見させていただいていますが、

身近に感じて大好きな演目です。

当店からすぐそばの場所に、引窓南邸跡の石碑もたっています。

 

 

 

 

 

さて、そんなゆかりから、今月は東京・歌舞伎座で演目にちなんだお菓子として

当店の鳩もなかを販売させていただいております。

 

 

石清水八幡宮のお遣いである鳩をモチーフにした最中。

さくさく香ばしい皮と、たっぷりの粒あんがおいしいと好評です。

餡と皮が別々になっており、お客さまで手作りしていただくタイプなので

日持ちもします。

 

 

コロナの影響で歌舞伎の上演も苦労されているようですが、

歌舞伎座では先月から、コロナ対策を万全にされて再開されたようです。

今までは、昼の部・夜の部というような上演だったのを

一演目ごとの四部制にされて、滞在時間を短くされたり、

一席ごとに空席を設けてソーシャルディスタンスを守られたり、

様々工夫されているそうです。

芸能も中止ばかりだと寂しく、でも再開できない舞台も多く

本当に難しい昨今です。

 

歌舞伎座での九月大歌舞伎は26日まで。

八幡の里が舞台となる引窓は第三部。

実子の濡髪長五郎役は中村吉右衛門さん、南与兵衛役は尾上菊之助さんによって演じられます。

https://www.kabuki-bito.jp/uploads/images/kouen/686/kabukiza2009_k_bf4499e9bb69696766212aa8cfd9c5bf.jpg

 

引窓は度々上演されていますが、この9月に上演されるのが季節的にもぴったり。

9月15日におこなれる石清水祭も今年はコロナの影響で縮小され、放生会も神職さんのみで行われるようです。

 

昨年の放生会↓

 

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飛行神社で花手水

  • 2020.08.04 Tuesday
  • 15:56

先週末から飛行神社の手水舎に花が浮かべられています。

 

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コロナ対策として柄杓を共同で使用する手水は使用できないので、

花を浮かべ、花手水として楽しむ寺社が全国的に増えているようです。

八幡市では飛行神社が第一号かも?

市内でもっと増えて、花手水めぐりなどができるとよいですね!

なによりカラフルなお花は元気になりますね。

 

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毎週末花が入れ替えられて、9月末まで続けられる予定だそうです。

 

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花手水を見に来られたら、必ずお参りも忘れないでくださいね!

 

いつもなら、夏休みは飛行機に乗られる方が多く、航空安全のお守りを受けられたりと

飛行神社のお詣りも多いと思いますが、今年は飛行機に乗られる方が極端に少ないため、

飛行神社へお参りの予定がなかった方も、花手水をきっかけにお越しになるのもよいですね。

 

飛行神社を創建した

二宮忠八はまだ飛行機のない時代に
空飛ぶカラスをヒントにプロペラ飛行器の飛行実験に成功するも
日清戦争中であり、思うように開発が進まず、ライト兄弟に先を越されてしまい、

開発者としての道を断念しました。

 

手水舎に書かれているイラストもカラス型飛行器です。

 

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戦争さえなければ、忠八の方が先に「飛行機発明者」となっていたのではないかといわれています。

夢をあきらめた忠八ですが、

晩年になり、航空事故で命を落とす人々が増えるにつれて、

飛行機開発を夢見た者として見過ごすことはできないと、自ら神職となり、

航空殉難者の御霊を弔いました。

それが飛行神社です。

 

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また、忠八は若いころ製薬会社に勤めており、今や誰もが知る大手の製薬会社である

武田薬品を後に創業する武田氏、田辺製薬の創始者田辺氏、シオノギ製薬の創始者塩野義氏が同僚でした。

それにしても大手三社の創業者が皆同じ会社にいたこと、創業地が大阪だったことって最強ですね!

飛行神社には薬祖神も祀られています。

新型コロナウイルスの特効薬もこの最強の薬祖神にお祈りしたいところです。

 

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飛行神社の鳥居は、飛行機と同じ素材であるジュラルミンでできています。

境内にはジェットエンジンや、ゼロ戦のプロペラなども展示されています。

 

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御本殿が、日本風の神社の建て方ではなく、ギリシャ神殿風なのは、「空はひとつ」

日本人以外のどの国の方にもお参りしやすいようにという願いが込められています。

拝殿にはステンドグラスがあり、キラキラ輝いて素敵です。

神社とは思えないこったデザインも魅力の一つです。

 

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また飛行神社には資料館が併設されており、
忠八が飛行器開発までに至った資料や、神社に寄進されたプラモデルなどが多数展示されており
男子なら釘づけ間違いなし。

本格的なフライトシュミレーターもあります。
夏休みの課題にもお勧めです。

 




飛行神社
http://hikoujinjya.kyoto.jp/
当店より徒歩2分

 

松花堂弁当

  • 2020.07.26 Sunday
  • 17:52

ようやく営業再開された松花堂吉兆さんへ松花堂弁当をいただきに行ってきました。

といってもまだ、週末のみ、予約制での営業です。

コロナの影響はまだまだ厳しいですね。

 

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本場でいただく松花堂弁当。

 

松花堂弁当とは四つ切の弁当箱に入ったお弁当のことをさします。

献立が何ということではなく、入れ物、弁当箱の方に定義があります。


松花堂とは、江戸期に活躍した石清水八幡宮の僧侶、松花堂昭乗の名からきています。
昭乗は阿闍梨であり位が高いだけでなく、書や茶の湯など文化的な面でも活躍しました。
石清水八幡宮山内にある昭乗の自坊、瀧本坊で同時代に活躍した小堀遠州らを招いて
茶会や文化サロンを開いていました。

晩年は、瀧本坊より少し下がったところの泉坊に隠居し、そこに松花堂という二畳の茶室を建て、松花堂昭乗と名乗りました。

 

この草庵茶室松花堂が移築されたのがここ松花堂庭園です。

明治の神仏分離で、男山に仏教のものは置いておけなくなり、今の地へ泉坊書院と共にうつされました。

(※現在は修復中でご覧にはなれません)

 

 

もとは農具入れとして使われていた四つ切の箱。

それを昭乗が好んで、お茶席での煙草盆や絵の具入れとして使用していたそうです。
ここで注意したいことは、昭乗が四つ切箱をお弁当箱として使用ていたわけではありません。

お弁当箱として使用し、全国的にその名が知られるようになったのは、昭和になってからのこと。

吉兆の創業者である湯木貞一氏が昭乗忌茶会へ訪れた際、ヒントを得て、

松花堂弁当と名付け、全国的に広めたといわれています。

 

いまや「松花堂」というと昭乗さんよりお弁当の方が有名となっていますね。
 

その由縁により、八幡市にある松花堂庭園美術館には京都吉兆が併設されており、
本場の松花堂弁当が味わえます。

 

四つ切の箱に盛りつけられると、お料理それぞれの味が混ざることがありません。
お造りなど冷たいお料理は冷たく、炊き合わせや焼物は温かく供されます。

 

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お弁当のほかに、お椀、ご飯、香の物、デザートがつきます。

 

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海老しんじょうのお椀。お出汁が体に染み渡ります。

 

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ご飯はおかわりできるのですが、おいしすぎていつもお願いしてしまいます。

 

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季節の趣向を凝らされたお料理としつらえ、また家庭では真似できないおいしいお出汁に大満足でした。

しばらく外食も控えていましたが、やっぱりたまにはプロの味を学ばないといけないですね。

また、ミシュラン三ツ星の京都吉兆ならではで、サービスもさすがに一流。

一流の味とおもてなしを是非ご体感ください。

 

庭園にははやくも女郎花(おみなえし)が咲いていました。

 

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秋の七草なので、もっと秋になってから咲くのかと思っていましたが、

今なのですね。

 

松花堂庭園には女郎花塚という塚があります。

 

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世阿弥作の謡曲「女郎花」


「男山のふもとに住む小野頼風と深い仲にあった都の女が、
男の足が遠のいたのを恨み悲しんで、放生川に身を投げた。
女の脱ぎ捨てた衣が朽ちて、そこから女郎花が咲き出し、
恨み顔に風なびいている姿をはかなんだ頼風も、後を追って入水した。
これを憐れんだ人々は、塚を築いて、女塚、男塚とした。
邪淫の妄執に苦界を彷徨っていた男女の亡霊が、この塚から現われて、
旅僧回向を乞い、そのおかげで結ばれた。」

 

平安初期の恋の物語。

名所旧跡にことよせた能作の一つといわれています。

 

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女郎花塚の前には女郎花が植えられています。

 

 

一昨年の大阪北部地震と台風で松花堂庭園は、甚大な被害を受け、

二年たった今でも史跡部分である松花堂草庵茶室の公開中止が続いています。

また、それに加え今回のコロナウイルス感染症の影響で、観光バスは激減し、八幡市の観光は、大変厳しい状況です。

コロナの感染拡大防止と観光客誘致のバランスがとても難しく、私自身も立場変わればで日々

頭を悩ませていますが、なんとかできることから頑張っていきたいと思っています。

 

祇園祭とのお話

  • 2020.07.14 Tuesday
  • 13:56

今年はコロナ渦で、京都の祇園祭もかなり縮小され、

例年なら今頃山鉾が建てられ、お囃子が聞こえ、お祭りムードが最高潮に高まっている頃ですが、

今年は寂しいことです。

 

ここ山城八幡と都の祇園祭は、距離的にも遠く(といっても京阪電車で30分ですが)、

気分的によそのお祭りといった感じです。

ましてやちょうど同じ時期に、こちらも今年は中止なのですが、八幡では氏神様の

石清水八幡宮高良神社の太鼓祭りが行われ、大層盛り上がるため、

祇園祭になかなか足を運ぶことがありません。

 

しかし、一概によそのお祭り、関係ない、とも言ってられないのです。

 

山鉾の巡行の順番は毎年くじで決められるのですが、

くじとらずで必ず毎年先頭をゆくのが長刀鉾です。

お稚児さんが結界を切るシーンはテレビでも放映されるので

京都以外の方も長刀鉾はご存じなのではないでしょうか。

他にもたくさんの山鉾があるのですが、一番人気のある花形の鉾です。

 

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鉾先にはその名の由来、大長刀がついています。

これは、平安時代の刀鍛冶、三条小鍛冶宗近が、娘の病気平癒を祈り八坂神社に奉納したのが

始まりと伝えられています。

 

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三条小鍛冶宗近と聞いて、走井餅ファンの方は、ピンと来られたかもしれませんね。

宗近は、大津走井の名水でも刀を鍛えており、走井の水で餡餅を作ったことが始まりの

走井餅は、その故事にちなみ刀の形を表しております。

 


 

ゆるく右にカーブしたこの独特の形は刀の形です。

 

 

走井の水は今も大津でわき続けています。

古くは成務天皇の第四皇子の産湯にも用いられ、

また万葉集や謡曲などあらゆる歌に詠まれております。

当家がこの創業の地を手放した後は、日本画家橋本関雪の別荘、菩提寺(月心寺)となり

現在も橋本家の方々により管理されています。

※7月18日(土)19日(日)特別公開があります。

通常非公開ですが、この日はどなたでもお入りいただけます。

https://www.facebook.com/events/303252184014138/?event_time_id=303252187347471

 

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さて、八幡には三条小鍛冶相槌神社があります。

当店より歩いてすぐ、石清水八幡宮の登り口にある小さなお宮です。

境内には山の井という井戸があり、その水で宗近が刀を鍛えたという故事があります。

 

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ここ数年、刀剣女子にとても人気の相槌神社。

聖地と崇められ、お参りの女性が絶えません。

毎月1日と15日の月に二度の開所日にはご朱印を求める方で行列ができます。

(※現在は、諸事情により、

相槌神社から少し八幡市中心部へ進んだところにある春日神社でご朱印授与をされています。)

 

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明治時代、大津から八幡へ越してきた際、

石清水八幡宮のおひざ元であること、京阪電車が開通したことと、

そして、三条小鍛冶宗近ゆかりの相槌神社があること、

これらが決め手となったようです。

相槌神社の鳥居は当舗7代目が奉納しており、名前が刻まれています。

 

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宗近が繋ぐ、大津走井と八幡と祇園祭。

偶然なのか必然なのか走井餅には面白い歴史があります。

 

 

 

そんな由縁で、お店の床の間は長刀鉾の設えとなっております。

祇園祭に欠かせない、檜扇もいけて。

 

 

 

 

 

 

この長刀にはちまきまでついていてかわいいです。

 

今年はコロナ対策で縮小ですが、もともと祇園祭は疫病退散を願い

始まったお祭りです。

今年ほど疫病退散を願う年もないのでは。

遠く離れた場所からでも祈りを込めたいものですね。

 

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