秋の七草

  • 2019.09.22 Sunday
  • 13:46

春の七草より知名度が低いかもしれません。

 

萩・尾花(ススキ)・葛・女郎花・藤袴・桔梗・撫子

 

なかでも女郎花(おみなえし)は、松花堂庭園の地名ともなっているほど

関わりが深いのです。

 

というのも、松花堂庭園には女郎花塚という塚があります。

 

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世阿弥作の謡曲「女郎花」


「男山のふもとに住む小野頼風と深い仲にあった都の女が、
男の足が遠のいたのを恨み悲しんで、放生川に身を投げた。
女の脱ぎ捨てた衣が朽ちて、そこから女郎花が咲き出し、
恨み顔に風なびいている姿をはかなんだ頼風も、後を追って入水した。
これを憐れんだ人々は、塚を築いて、女塚、男塚とした。
邪淫の妄執に苦界を彷徨っていた男女の亡霊が、この塚から現われて、
旅僧回向を乞い、そのおかげで結ばれた。」

 

平安初期の恋の物語。

名所旧跡にことよせた能作の一つといわれています。

 

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そしてその前には女郎花が植えられており、初秋に黄色い可憐な花を咲かせます。

 

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私がお伺いしたのは9月8日。

この日は夏のような日差しでしたが、お彼岸に入ってからはめっきり過ごしやすくなり、

もしかするとお花の見ごろは過ぎているかもしれません。

 

女郎花塚の前には、萩も咲き始めており、こちらは今が盛りかも。

 

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是非、松花堂庭園で秋の七草を見つけてみてくださいね。

 

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実は私が訪れた9月8日、大安吉日、とてもうれしいことがありました。

 

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松隠茶室の復活です。

昨年の大阪北部地震と台風によって、土壁がはがれるなどの被害をうけ、

一年以上使用禁止が続いていました。

ようやく修復が終わり、このたび修復後初めての茶室開きのお茶会が行われました。

 

畳みは入れ替えられ、土壁は塗り替えられ、そしてなんとクーラーも入り、

とても気持ちの良いお茶室でした。

毎月第二日曜日は、またここでお茶会が開かれることと思います。

是非皆様も新しくなった松隠茶室へお越しください。

 

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善法律寺のお地蔵さん

  • 2019.08.24 Saturday
  • 14:53

 

 

境内の紅葉が美しく、もみじ寺として知られる善法律寺。

今朝、前を通ると地蔵盆のお提灯がたくさん掲げられていました。

ここには子守地蔵さんがいらっしゃいます。

 


 


昭和9年9月、
私の母校でもある八幡小学校の前身の八幡尋常高等小学校に室戸台風が襲い、

児童32名と校長先生と教員のあわせて34名が尊い命を失いました。

今のようにテレビで天気予報が頻繁に流され、警報が出て、学校が休みになる時代とは異なり

その日もいつもどおりに子供たちは、登校したそうです。

 

その年に移築されたばかりの二階建ての校舎には、1階に2年生と4年生の教室が、

2階に6年生の教室があったそうです。

私の祖母の姉も、ちょうどこのとき八幡尋常高等小学校の6年生でした。

叔母のいた木造の校舎は風にあおられ、ぺしゃんこに倒壊しました。

2年生と4年生は下敷きになり、多くの犠牲者が出ました。


叔母は、校舎倒壊の衝撃で脳しんとうを起こし、遺体安置所に安置されていました。
医者である叔父がむしろをあけて確認を進めていたところ、姪がおり、
脈を診ると命があったので慌てて助け出されたそうです。

 

私の八幡小学校在学中は、被災したおばあさんが語り部としてお越しになっていました。

亡くなられた先生は、児童をかばって覆いかぶさるようにして亡くなられたそうです。

悲惨な状況のお話をお聞きして、とてもショックだったのを今でも覚えています。
命日の日、児童会の子は代表して、善法律寺へお参りへ来ていました。

 

 

犠牲となった児童と先生のお名前が刻まれた慰霊塔の上にたつお地蔵様。

これから本格的な台風の季節がやってきますが、

二度とこのような悲しい事故がないように切にお祈りいたします。

 


 

 

 

地蔵盆

  • 2019.08.23 Friday
  • 09:38

今日と明日は地蔵盆。

8月23日と24日は、京都では地蔵盆というおまつりを行います。

各町内ごとにあちこちにお祀りしてあるお地蔵さん。

地蔵盆は、そのお地蔵さんの年にいっぺんのお祭りで、

町内で集まって盛大に行われます。

お寺さんにお参りにきていただくのですが、特に子供が喜ぶように工夫してあって、

お菓子がもらえたりゲームがあったりと

子供にとって夏休み終わりの楽しみなイベントともいえます。


 

うちの高坊町内のお地蔵さん。

このお地蔵さんは、近くの杉山谷不動尊が土砂崩れにあったときに、鉄砲水とともに

うちの店の前に流れてきはったそうです。

泥まみれになってはったお地蔵さんを、うちの7代目のおばあさんが拾わはって、

これはここの町内を守ってくれはるに違いない、そのために流れてきはったんや、と

高坊町内のお地蔵さまとして祀らはったそうです。

100年ほど前の話です。

それから毎年、地蔵盆には、もとの杉山谷不動尊(神應寺)の和尚さんがお参りに来てくださっていました。

今では、私の子供のころのように、盛大な地蔵盆は行われていないのですが、

大事にお世話をしてくださる人々によって、毎日きれいにされています。

 

八幡も少し歩くだけでもたくさんのお地蔵さんに出会えます。

お店からはちまんさんの山麓を5分ほど南に歩くと
相槌稲荷のお隣に平谷地区のお地蔵さん。






そこから西へ3分ほど
念仏寺さんのお地蔵さん。






 

そこからさらに西へ3分。

森地区のお地蔵さん。

 

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ここのお地蔵さんは、150cmほどあり、大きくて驚きます。

当店の周りも含めて、この辺りの地域は第三区と呼ばれるのですが、

三区の中でも特に立派ではないでしょうか。

おぼとけさんと親しまれ、お姿は阿弥陀如来ですが、夜泣き地蔵さんとも呼ばれています。

 

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周りには室町時代のお地蔵さんもずらりと並びます。

 

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祠の中には2体のお地蔵さん。

こちらは昔は貸し出しで出張されていたので遊び地蔵さんと呼ばれているそうです。

 

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念仏寺さん方向へ戻って、そこから北へ2分

山路地区のお地蔵さん。

 

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さらに北へ3分。
田中町のお地蔵さん。

 

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この辺りは、現在の地名では吉野地区なのですが、

昔から石清水八幡宮別当(宮司)の田中家の屋敷があったので、

田中町と呼ばれています。

 

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そこから東へ3分。
山柴地区のお地蔵さん。







そこから徒歩1分。
土井地区のお地蔵さん。







 

ちょっとぐるりと歩いただけでたくさんのお地蔵さんに出会えます。


規模は町内によって様々ですが、
それぞれが大事にしてはるのがよくわかります。

毎日、きれいにお花がいれてあるし、
地蔵盆になったら提灯を掲げ、たくさんのお供えがしてある。

 

うちにも、地蔵盆にお供えする小餅のご注文をいただきます。

 

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町を守ってくれたはるお地蔵さん。
景色として見過ごさずに、前を通る時は立ち止まって手を合わせたいものですね。

 

飛行機の旅の前に

  • 2019.08.03 Saturday
  • 10:36

   

 

夏休みは飛行機を使ってご旅行される方も多いでしょうから、
ぜひ飛行神社に航空安全祈願のお参りをしてみてはいかがですか。
自分が飛行機に乗るときはもちろんなのですが、家族や友人が飛行機に乗るときも
お参りしてお守りを受けて、渡してあげるのはいかがでしょうか。
創建した二宮忠八が愛媛県八幡浜市出身で、故郷とよく似た地名のここ八幡市で
晩年を過ごしたことから、八幡市には飛行神社が鎮座しています。

全国でも珍しいお空専門の神様には、市外府外をとびこえ海外からもお参りが絶えず、
航空自衛隊やパイロットにCAさん、ロケット、ドローンまで
あらゆるお空にかかわる方々もお越しになります。

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二宮忠八はまだ飛行機のない時代に
空飛ぶカラスをヒントにプロペラ飛行器の飛行実験に成功するも
日清戦争中であり、思うように開発が進まず、ライト兄弟に先を越されてしまい、

開発者としての道を断念しました。
戦争さえなければ、忠八の方が先に「飛行機発明者」となっていたのではないかといわれています。

夢をあきらめた忠八ですが、

晩年になり、航空事故で命を落とす人々が増えるにつれて、

飛行機開発を夢見た者として見過ごすことはできないと、自ら神職となり、

航空殉難者の御霊を弔いました。

それが、飛行神社です。

 

 

飛行神社の鳥居は、飛行機と同じ素材であるジュラルミンでできています。

境内にはジェットエンジンや、ゼロ戦のプロペラなども展示されています。

 

 

御本殿が、日本風の神社の建て方ではなく、ギリシャ神殿風なのは、

日本人以外のどの国の方にもお参りしやすいようにという願いが込められています。




また飛行神社には資料館が併設されており、
忠八が飛行器開発までに至った資料や、神社に寄進されたプラモデルなどが多数展示されており
男子なら釘づけ間違いなし。

本格的なフライトシュミレーターもあります。
夏休みの課題にもお勧めですよ。



飛行神社
http://hikoujinjya.kyoto.jp/
当店より徒歩2分

あじさいめぐり

  • 2019.06.13 Thursday
  • 12:11

あじさいに会いに神應寺へ行ってきました。

 

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山門までは当店より徒歩1分。

そこから男山を階段であがります。

 

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本堂は通常は公開されていませんが、境内には色とりどりの様々な種類の紫陽花が

咲き誇っています。

 

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境内を進むと、男山ケーブルの鉄橋がよく見えるスポットがあります。

その周りにも紫陽花がたくさん。

 

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男山ケーブルは現在車両リニューアル工事のために運休中ですが、

6月19日には、新車両がお目見えします。

新しいデザインの車両がここを通るのもまた見に来たいですね。

 

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男山ケーブルの鉄橋の橋脚の高さは、日本一と言われています。

横の小道を進むと、杉山谷不動尊に出ます。

 

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小路沿いはずっと紫陽花。

 

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私は神應寺から杉山谷不動に抜ける小路をあじさい小路と呼んでいます。

 

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お不動さんにも紫陽花がたくさん。

 

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様々な種類があり、ついカメラを構えてしまいます。

このあたりは気温が少し低く、ひんやりした空気が気持ち良くて、この時期の散策におすすめです。

この杉山谷不動尊と神應寺の山間は駅前渓谷と呼ばれています。

京阪八幡市駅からわずか徒歩5分でこの渓谷を味わえるのは、珍しいそうです。

マイナスイオンを浴びに是非お越しください。

 

森林浴のあとは、そこから徒歩すぐの当店であじさい餅をお召し上がりになるのはいかがでしょうか。

 

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走井餅&あじさい餅

煎茶付 450円

抹茶・珈琲・グリーンティ付 650円

 

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あじさい餅 180円

 

冷たく冷えてます!

 

松花堂庭園と美術館

  • 2019.06.09 Sunday
  • 18:25

本日は松花堂庭園へ出かけてきました。

毎月第二日曜日は月釜といって、お茶会が開催されています。

私は、少しお得になる年間パスを購入しているので、

できるかぎり毎月参加しています。

 

庭園の入り口には吉井勇の歌碑があります。

 

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「昭乗といへる隠者の住みし廬(いお) 近くにあるをうれしみて寝る」

 

吉井勇は、明治から昭和初期にかけて活躍した歌人で、

祇園にある「かにかくに碑」が有名ですが、戦後3年ほど、八幡に住んでいました。

八幡を詠んだ歌も500首に及んでいます。

吉井勇は松花堂のすぐそばにある宝青庵を住居とし、その間、ここ松花堂にて谷崎潤一郎や志賀直哉と親交を深めました。

 

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昭乗が男山の松花堂にて小堀遠州や沢庵和尚と親交を深めていたのと同じ、

時がかわっても松花堂は、時代を代表する名士たちの文化サロンだったのですね。

 

庭園を進むと、水辺に紫陽花がたくさん咲いていました。

 

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すっきりとしたブルーがなんとも涼しげです。

今日はお天気がよく、青楓も光り輝いていて、自然の作る鮮やかな色合いに心が躍りました。

 

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梅の実も甘い香りを漂わせています。

梅酒や梅シロップにして食べたいなぁと食欲をそそりました。

 

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さて、本日は煎茶のお茶会。

松花堂庭園のお茶会はほとんどが裏流か表流の抹茶のお茶会なのですが、

たまに煎茶の回があります。

私も抹茶のお茶会は幾度となく参加していますが、煎茶はほぼ未経験のため、

ドキドキと少しの緊張感を持って伺ったのですが、

そんな心配は無用、とっても楽しいお席でした。

見るものすべてが珍しく、そして何よりおいしいお煎茶!

 

今回、私も少しお茶会を敬遠される方の気持ちがわかった気がします。

気軽な席といっても、なにもわからないし、、

と思われる方が多いと思います。

私も、今回はお煎茶やしお作法知らないしやめとこうかなとちょっぴり思いました。

でも年間券がもったいないので(正直)、エイヤっととびこんだのです。

わからないからやめとこう、じゃなくて、

まずは一歩踏み出してみると、素敵な経験ができるし、また世界が広がりますね。

 

そんな初心者さんでも参加できるお茶会としては、松花堂は気軽で気さくで入りやすいと思いますので、

是非怖がらずにお越しくださいね!

 

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お煎茶でうれしくなった後は、併設の美術館にもお邪魔しました。

現在「ご存知ですか?大坂画壇」という展覧会が開催されています。

京都画壇に比べて知名度が低めな大阪画壇。

今回の展示では、作者の出身なども解説があり、わかりやすく楽しむことができました。

日本画も「見てもわからへんしなぁ」ではなく、

一枚でもお気に入りの絵に会えたらラッキーぐらいの気持ちでご覧になったらよいと思います。

案外面白いものですよ。

松花堂美術館は、展示スペースは広くはないのですが、

ほどほどの作品数なので疲れなくてちょうどよいです。

 

「ご存知ですか?大坂画壇」は7/7まで。

次回の月釜は7/14 裏流(抹茶)です。

7/7には立命館大学生による七夕茶会もあります。

 

詳しくは松花堂庭園HP

 

やわたの文化財一斉公開(八角堂・伊佐家)へ

  • 2019.05.25 Saturday
  • 18:32

今日と明日の2日間、八幡市の文化財が特別公開されています。

全箇所はこちら

 

私も本日、八幡観光してきましたのでそのコースをご案内します。

全部で7か所のうち、今回初公開だったのが八角堂です。

 

長らく八角堂は荒廃していたのですが、平成24年に石清水八幡宮境内が国史跡に指定された際に、

この離れた場所も境内の一部として指定されたことから、修復工事が進み、

5年もの年月をかけて、今回明治期の姿を取り戻すこととなりました。

 

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八角堂は、鎌倉時代の初め、順徳天皇の御願により建てられた八角形の仏堂で、

慶長12年、豊臣秀頼によって再建されました。

もともとは石清水八幡宮境内にありましたが、

明治の神仏分離によって、現在の松花堂庭園からほど近いこの地へ移されました。

この場所は、西車塚古墳で、古墳時代前期(4世紀頃)の木津川左岸最大級の前方後円墳であり、

八角堂はその後円部墳頂に建てられています。

ちなみに現在の松花堂庭園の場所は、東車塚古墳です。

古墳の上なので、入口からは階段で少しだけ上ります。

 

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八角形と言っても正八角形ではなく、正方形の四隅を切り取った形をしています。

これは石清水八幡宮に特有の建物の形だそうです。

 

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今日明日は特別に内部も公開されており、入ることができました。

 

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残念ながら、ご本尊はここにはいらっしゃいません。

ご本尊は、阿弥陀如来坐像で鎌倉時代の作で、重要文化財に指定されています。

像の高さは3mもあり、台座、光背を入れると5.80メートルもある大変大きなもので、

金色に輝き、仏師・快慶の作風を示すと言われています。

現在は、正法寺に納められています。

正法寺の住職こそが、明治時代の初め、廃仏毀釈で石清水八幡宮の境内から仏教に関わる

建物や道具が取り除かれる際、八角堂を現在の場所に移したのです。

そのおかげで、八角堂のみが、かつて石清水八幡宮の境内にあった仏堂のなかで、廃仏毀釈を免れ、

八幡市内に唯一現存し、現在に至っています。

今日明日は、正法寺も特別公開されているので、この阿弥陀如来座像を拝むことができます。

まだご覧になったことのない方は、八角堂に行かれた次に、必ず正法寺に訪れていただきたいです。

 

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さて、ご本尊はいらっしゃいませんが、内部の彩色は美しくよみがえっています。

牡丹や唐草が、柱や貫に色鮮やかに描かれており、流れや太さが少しずつ異なり、一つとして同じものがないのが

見どころです。

 

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東西南北四方には、梵字が入っています。

 

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すべて異なった文字が入っています。

正面のみ大きさが大きく、またヒノキの素材も秀頼のころのものだそうです。

ちなみに正面は、明治時代の移築の際、東正面から南正面に改められています。

 

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八角堂の屋根は、8つの角に2こずつ鬼瓦が据えられています。

鬼瓦の横には瓦師の名前が彫ってあり宇治の「源左衛門」という、1600年代後半から

1700年代前半に京都南部にある寺院の鬼瓦を作っていた職人で、

八幡市内ではほかに正法寺や石清水八幡宮摂社の狩尾社を手掛けています。

市外では三室戸寺や万福寺、醍醐寺などにも納めているようです。

鬼瓦の顔は一つとして同じものがなく、表情を見ているだけでも面白いです。

 

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その中に一つ、特筆すべき鬼瓦があります。

なんと鬼の顔が正面だけでなく、両側面にもあり、3つ組み合わさった珍しいものがあります。

 

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これは16の鬼瓦のうちひとつだけで、東北東、つまり鬼門に据えられています。

鬼門封じの考え方によるものだと推察されます。

 

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また宝珠の下の露盤に四方2つずつ、合計8つの三つ巴紋が据えられています。

そこも、北東の1枚のみ、まわし方がほかの7つと異なっています。

 

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石清水八幡宮の社殿にも、三つ巴のまわし方が逆向きなものがひとつだけあったりします。

これは当時の職人さんが間違ったのではなく、鬼門封じであったり、完全なものをあえて作らず未完にしておくという

日本人の考え方によるものです。

おもしろいですね。

 

八角堂はかつて、石清水八幡宮境内の内、本殿に向かって西側にありました。

現在の三女神社の裏あたりです。

かつては西谷門があり、大阪方面からの参詣路の入り口でした。

門をくぐると北に八角堂、南に大塔といわれる巨大な仏塔がそびえたち、参詣者を

出迎えていました。

いまではなにも残っておらず、想像がつきませんが、西口は仏教色がかなり濃かったことが伺えます。

 

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明日26日も、11時・12時半・14時と説明も行われます。(見学は11時から15時随時可)

暑いですが、青もみじと青空と朱色のコントラストも美しい八角堂へ是非お越しください。

 

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11時の説明会を終えると、すぐお隣の松花堂庭園でお食事はいかがでしょうか。

吉兆では、松花堂弁当がいただけます。

 

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八幡のキーパーソン松花堂昭乗ゆかりの松花堂弁当を本場で召し上がってみてください。

 

オススメのコースとしてはその後、正法寺へ行って、八角堂のご本尊をご覧ください。

 

私は以前お伺いしたことがあるので、今回は、伺ったことのなかった伊佐家へ行ってきました。

場所は流れ橋から徒歩すぐ。

 

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流れ橋のかかる木津川には、水がほとんどなく砂が露呈しています。

ふもとのお茶畑はお茶摘みが終わったとこなのか覆いが外されていました。

 

 

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伊佐家は代々天領の庄屋を務めた家で、敷地は2600屬發△蝓

蔵など何棟もの建物からなりますが、主屋は享保19年(1734年)の入母屋づくりの茅葺屋根で立派な建物です。

国の重要文化財となっています。

茅葺は戦前までは10年ごとにやりかえていたのですが、最近は材料も手に入りにくくなり、

吹き替えの期間が長くなってきているそうです。

 

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ほとんど285年前のままの建物で、おくどさんや井戸跡など江戸時代の生活様式も

見ることができ大変面白いです。

おくどさんは普段用と冠婚葬祭用の大きなものとありました。

お嫁に来た時にのってきゃはったかもという籠まで残っています。

主屋は、桃山でとれたという土を使った赤壁が特徴なのですが、これも現在ではとれなくなっており、

昔の家屋を維持する大変さをお聞きしました。

ご当主の伊佐さんに、丁寧にご説明していただいたのもとてもよかったです。

11時・13時・14じ(見学は11時から15時)300円

 

 

 

 

私は、今回この2か所が初めてだったので、2つだけにしましたが、

皆様はせっかくなので、行ける範囲で廻ってみてくださいね。

 

明日で、現在の車両が終わりになり、見納め、乗りおさめになる男山ケーブルもオススメです。

 

ただし大変暑いですので、熱中症にはくれぐれもお気を付けください。

 

京阪電車で帰る前に、当店にお立ち寄りいただき、かき氷やグリーンティーなど、

冷たいものでクールダウンご休憩はいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

さようなら男山ケーブル

  • 2019.05.22 Wednesday
  • 11:19

石清水八幡宮御本殿のある男山山上へとつなぐ男山ケーブルが

この度大幅なリニューアルをされることとなりました。

1968年より親しまれてきた、ベージュとえんじ色の「ザ京阪特急カラー」であった車両に

お乗りいただけるのは、今週末で最終となります。

記念でご乗車しておきたい方はお早めに!

 

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5/27から6/18まで車両入替の工事が行われ、6/19より新たな車両へ生まれ変わります。

また、10月1日からは「男山ケーブル」の名称も「石清水八幡宮参道ケーブル」となり、

山麓の駅名は「八幡市」から「ケーブル八幡宮口」駅へ、

山上の駅名は「男山山上」から「ケーブル八幡宮山上」駅へ

それぞれ名称変更となります。

 

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新しい車両は楽しみですし、観光客の方へはわかりやすい名前へとなったのかもしれませんが、

昔から慣れ親しんだ名前が変わるのは案外寂しいものですね。







 

工事に伴い、5/27から6/18は、男山ケーブルは運休となります。

代替のタクシー輸送があるようですが、この機会に徒歩での参拝もおすすめです。

そもそも1926年に男山ケーブルが誕生しましたが、石清水八幡宮創建から

ケーブルができるまでの1000年以上は、ご参拝の手段はご自身の足だったわけです。

ケーブルが誕生してからも、戦争のため運休されたり、戦後も贅沢品だと言われ

徒歩でのご参拝が主流でした。

一の鳥居をくぐり、昔からの参道を歩いた方が見どころはたくさんありますよ。

また本ブログで、参道の見どころについてご紹介いたします。

 

やわたの文化財一斉公開のご案内

  • 2019.05.21 Tuesday
  • 15:40

今週末5月25日(土)26日(日)の二日間、

【新緑 やわたの文化財一斉公開】が開催されます。

八幡市内の8か所もの社寺等が特別に公開されます。

観光案内所などでチラシをもらうと、スタンプラリーができるようになっており、

集めたスタンプの数で特典もあります。

新緑の美しい散策に絶好の時期、やわたの文化財を廻ってみませんか?

 

なかでも、平成26年から5年もの保存修理工事が行われていた八角堂が

初公開されます。

時間帯によっては説明も行われ、今回の目玉といえるでしょう。

明治期の極彩色を取り戻した八角堂をお見逃しなく!!

 

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下記の8か所が一斉公開されます。

 

1、国宝 石清水八幡宮

 

 

 

貞観元年(859年)に、奈良・大安寺の僧、行教律師によって宇佐よりこの地に勧請され、翌2年に創建されました。
ご祭神は、応神天皇、神功皇后、比彗膺世了或世如朝廷の崇敬も厚く、伊勢神宮に次ぐ第二の宗廟として崇められました。


源義家が7歳のとき、石清水八幡宮で元服し、「八幡太郎義家」と名乗ったことも有名です。


国宝の社殿は、寛永8年(1631年)徳川家光公の造営によるものです。
社殿の内側には織田信長公寄進の黄金の樋があります。
これは石清水八幡宮に天災などが降りかかった時にはこの樋を換金して
対処に当たるようにと言われたと伝えられています。

また、回廊は極彩色に彩られた鳥や動物などの見事な彫刻で取り囲まれています。
これらは、徳川家光公の命によって稀代の名工と謳われる左甚五郎が手掛けたもので

そのうちの一つ「目貫の猿」にはこのような伝説が残っています。
猿が夜中に彫刻から抜け出し悪さをして人々を困らせていたところ、

彫刻の右目にくぎを刺したところ抜け出して悪さをすることがなくなったと伝わっています。
 

普段から一日2回、社殿の内部は神職さんの案内で見せていただけますが、(有料1000円)

今回は、回数が4回に増え、またこの二日間限定で「仏眼仏母尊像」も特別公開されます。

 

5時半〜18時半

 

2、飛行神社

 

 

飛行機の発明、というとライト兄弟が有名ですが、実はそれより12年も前に
忠八によって成功されていました。
ですが、当時日本は日清戦争のまっただなか。
忠八は時代の流れに翻弄され、無念の涙をのんだのでした。

ときは流れ、世界が飛行機の時代へと動くとともに、
飛行機による犠牲者が多くみられるようになります。
それを知った忠八は、同じ飛行機を志した人間として
これを見すごすことはできないと、その霊を慰めるために
大正4年に八幡の自邸内に私財を投じて飛行神社を創建し、
航空安全と航空事業の発展を祈願しました。

 

 

資料館(有料300円)も併設されており、カラス型飛行器や

忠八所縁の資料が展示されています。

 

八幡市駅から徒歩5分

9時から16時

 

3、神應寺

 

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神應寺は貞観2年(860)宇佐より石清水八幡宮を勧請した奈良の大安寺の高僧、行教に
よって、応神天皇の霊を奉安するために建立されました。

文禄年間(1592〜1596)、征韓の役にあって豊臣秀吉は、石清水八幡宮に詣で、軍の先鋒に神官を望みましたが、

神社側は恐れて命に服しませんでした。

秀吉は機嫌を損ねたのですが、神應寺住僧の機転で、征韓の首途にはまず應神天皇の御寺に参詣すべきと進言。

秀吉は機嫌を直し、寺領200石を寄進したそうです。

男山中腹に位置する本堂には、豊臣と徳川の家紋がふたつならんでおり、大変珍しいものです。

普段は本堂を公開されておられませんが、この日は

もとは石清水八幡宮の開山堂にお祀りされていた行教律師坐像が特別公開されます。(有料500円)

駅からは徒歩1分ですが、階段が5分!

青もみじも美しいので、がんばって登ってください!

 

10時〜15時

 

4、善法律寺

 

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石清水八幡宮の法務寺院として開山した善法律寺。

境内の紅葉は足利義詮に嫁ぎ、義満を産んだ善法寺家の良子が寄進したもので、

もみじ寺と呼ばれています。
もとは石清水八幡宮に祀られていたご本尊の八幡大菩薩像、
力強い愛染明王像、不動明王像、
石清水八幡宮頓宮からもたらされた宝冠阿弥陀如来像、
平安時代の地蔵菩薩像、
石清水八幡宮観音堂の本尊であった十一面千手観音像、
このほかにもたくさんの仏像の数々。
石清水八幡宮の旧社殿の材料を用いて寛永年間に建立された本堂の中は、神仏習合の名残が色濃く残り、
本当に素晴らしいものです。

普段は非公開ですのでこの機会に是非お詣りください。

青もみじも美しいです。

 

13時〜16時

500円

 

 

5、正法寺


 

 

正法寺は、建久2年(1191年)に、高田蔵人忠国が源頼朝の幣礼使としてこの地に居住したことに始まります。
慶長年中(1596〜1610年)には、娘の亀女(号=相応院)が徳川家康の側室となったことで有名です。
それには、こんなエピソードが今に伝わっています。
お亀さんが子どもを行水させていると家康の行列が通りました。
お亀さんは慌てて子どもをタライに入れたまま家の中へ。
これを見ていた家康は
「この人なら元気な子どもを生んでくれるに違いない」
と見初めたといいます。
お亀さんは、尾張藩主となる義直を産みました。
寺は同藩の庇護を受け、八幡領が検地を免除され、
守護不入の特権を得られたのは、
彼女の働きによるところが大きかったそうです。
現在の建物は、寛永7年(1630年)に再建され、
本堂・方丈・唐門・鐘楼など七堂伽藍を備えた名刹です。

また木造阿弥陀如来坐像は、石清水八幡宮の本地仏で、

もとは八角堂に祀られていたものです。

今回、八角堂が特別公開されるので、是非ともセットで見ておかれることをおすすめします。

通常非公開ですが、今回は特別公開されます。

 

八幡市駅からバス

10時半〜15時 

700円

 

6、単伝庵(らくがき寺)

 

 

 

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ここは、走り大黒さんをお祀りされている大黒堂の内壁に

参拝者が心願を「らくがき」することで有名で、らくがき寺と呼ばれ親しまれています。

いわば、白壁すべてが絵馬がわり。

大黒さんは南北朝時代、石清水八幡宮の改築の際に、楠正成が武運長久を祈願して寄進した楠から

刻まれていて、走っておられるお姿が特徴です。

普段から平日は公開されていません。

今回はお茶席も設けられます。(500円)

 

八幡市駅から徒歩10分

9時から15時

拝観100円

らくがき祈願 300円

 

7、八角堂

 

 

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八角堂は、慶長12年、豊臣秀頼によって再建された八角形の仏堂で、

もともとは石清水八幡宮境内にありましたが、

明治の神仏分離によって、現在の松花堂庭園からほど近いこの地へ移されました。

この場所は、西車塚古墳で、古墳時代前期(4世紀頃)の前方後円墳であり、

八角堂はその後円部墳頂に建てられています。

本尊の木造阿弥陀如来坐像は国の重要文化財に指定されており、

現在は正法寺境内に祀られています。

長らく八角堂は荒廃していたのですが、平成24年に石清水八幡宮境内が国史跡に指定された際に、

この離れた場所も境内の一部として指定されたことから、修復工事が進み、

5年もの年月をかけて、今回明治期の姿を取り戻すこととなりました。

改修後初の一般公開となる今回は、説明会も設けられ、内部も見せていただけるようです。

 

松花堂庭園から徒歩すぐ

11時〜15時

(説明会は11時・12時半・14時の三回)

 

8、伊佐家住宅

 

江戸時代に庄屋を務めた伊佐家の住居。

主屋は、今では入手困難な壁土「桃山」を用いた赤壁で、

入母屋づくりの茅葺屋根で立派な建物です。

国の重要文化財となっています。

 

流れ橋や四季彩館の方面です。


 

10時半〜15時

ガイド付き見学は11時・13時・14時

見学料300円

松花堂へ

  • 2019.05.12 Sunday
  • 20:10

今日は、松花堂庭園・美術館へお伺いしてきました。

 

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実は先日、滋賀県のミホミュージアムに「国宝曜変天目と破草鞋」という展覧会を見に行ったのですが、

そこで松花堂昭乗の作品が多数展示されていたのです。

国宝曜変天目を所持している大徳寺龍光院の開山は江月宗玩で、昭乗とは日頃より親しい交際をしていたそうです。

昭乗が大徳寺に泊まり、一緒に賀茂を訪れたり、奈良や吉野に二人旅をして歌を詠んだり、

画賛の共作も多く、風雅の楽しみを分け合う友人だったようです。

昭乗が開いた茶会の覚書である「松花堂茶会記」にも江月和尚が小堀遠州らと共にたびたび招かれているのが

記されています。

今回、展覧会の目玉は日本にたった三つの国宝である曜変天目というお茶碗だったのですが、

このお茶碗で昭乗もお抹茶をいただいたのかナァなんて思いを馳せてみたり。

よその場所で松花堂昭乗の名前を見るととてもうれしく、早く松花堂庭園に伺いたいなぁと思っていました。

 

今日も松花堂庭園は美しく。

入口には、大山蓮華が真っ白な蕾を膨らませています。

 

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筍は伸び、竹皮がめくれ、みずみずしい青竹がのぞいています。

 

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青もみじは輝き、赤いプロペラもかわいらしく。

 

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水辺にはカラーも。

 

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数か月前、満開だった梅は、青梅の実をたくさんつけています。

 

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毎回伺うたびに季節の移り変わりを発見できます。

 

庭園奥で行われているお茶会に参加しました。

 

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会場の横には、昭乗さんに献茶がなされていました。

400年も経っているのに、今もこうして八幡で昭乗を偲び、茶会が続いている事はすごいことですね。

 

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松花堂美術館で開催していた本日最終日である展覧会「ある日の都路華香」も見てきました。

都路華香とは明治から昭和初期にかけて活躍した日本画家で、

松花堂庭園内の泉坊書院に襖絵を書いています。

泉坊は昭乗が石清水八幡宮の境内、男山の中腹に暮らしたところです。

昭乗は、石清水八幡宮の社僧でした。

明治の廃仏毀釈で、仏教のものは神社においておけなくなり、

泉坊は現在の松花堂庭園の場所に移築されました。

その時期に、都路華香の襖絵が書かれました。

泉坊には、昭乗の暮らした時代から狩野山雪の襖絵があるのですが、

華香の日記に、山雪の襖絵と並んで描ける喜びが書かれていました。

華香の襖絵は、いままで書院の中にあったのですが、今回初めて外して展示されました。

というのも昨年の地震と台風で、泉坊書院は被害を受け、復旧工事にむけての最中で

現在も立ち入り禁止が続いています。

書院の中では、遠目にしか拝見できなかったのですが、今回間近で見ることができて

ある意味好機会でした。

ピンチをチャンスに変えて、観光のお客様がきてくださるといいですね。

 

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まだまだ松花堂の草庵茶室、泉坊書院のある内園部分の再開は時間がかかりそうですが、

そんなときだからこそ、1時間以上待ち時間の出ている大人気のミホミュージアムの展覧会に

松花堂昭乗を発見してとてもうれしく感動しました。

たくさんの方が訪れた展覧会です。

たくさんの方が昭乗の作品を見てくださったことでしょう。

お一人でも多くの方が興味を持って、昭乗の名前を覚えてくださったら、松花堂庭園に訪れてくださったらと

思ってやみません。

お膝元にいる八幡市民としては、町の宝を再確認した次第です。

是非皆様も、京都・八幡市へお越しの際は、石清水八幡宮だけでなく

松花堂庭園も足を延ばしてみてくださいね。

 

120年に一度咲くといわれる竹の花も咲いていました!

 

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