小豆粥

  • 2018.01.15 Monday
  • 13:11

今日は1月15日。

京都は今日で松の内が明けます。

 

毎月、おついたちと15日は神さんのお榊を新しいものに代えるのですが、

今朝、新しいお榊に代えた時に、お正月の飾り物、しめ縄を全部下げました。

これらは19日の石清水八幡宮の焼納神事にてお焚きあげしていただきます。

今朝、7時半に善法律寺の前を通りがかったら、和尚様が法衣を着てらして、すでにお焚きあげの最中でした。

 

そして、小豆粥。

 

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赤い色が魔よけの意味もある小豆入りのお粥をいただき、一年間の邪気を払い無病息災を願います。

ホクホクの小豆に、つきたてのお餅、やさしいおかいさん。

たっぷりといただき、体も温まりました。

昔は嫌いだったこの小豆粥ですが、年々おいしく感じられて、毎月食べてもいいぐらい。

来年の1月15日が待ち遠しく感じそうです。

 

元日から使うてた祝箸を使うのもこれで終わり。

床の間の若松も午前中に下げました。

 

世間はもうすっかりお仕事モード、通常運行と言ったところでしょうが、

石清水八幡宮は本日から19日まで厄除け大祭期間が始まり、

厄除のお詣りにたくさんの方でにぎわいます。

うっとこの通常運行にはまだまだもう少し。

節分までは、華やかな雰囲気が続きます。

 

 

えべっさんで残り福

  • 2018.01.12 Friday
  • 12:21

毎年恒例、京都ゑびす神社へ福笹を受けに、お参りへ行ってきました。

子供のころからもう毎年、1月8日から12日の間にお参りに行っています。

毎年、このえべっさんのころの寒いこと。

 

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祇園を宮川町の方へ屋台が並ぶのを横目に、肩をすくめ歩いていきます。

えべっさんは十日えびすといい、10日が本番なのすが、

11日とはいえ、たくさんのお詣りの方々。

 

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境内へ入ると寒さも忘れる残り福がありました。

 

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これはうれしい。

舞妓さんのご奉仕です。

ちょうどタイミングの良い時間にお参りに来たようです。

 

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舞妓さんから受け取った笹に、巫女さんにいろいろつけてもらいます。

 

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この吉兆を選ぶのが毎年のお楽しみ。

 

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絵馬 これは干支のものを毎年選んでいます。

 

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えべっさん 福福しいお顔に癒されます。

 

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やっぱり縁起物 鯛

 

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千両箱 やはり商売繁盛の神様!

 

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米俵 お餅屋なのではずせません。

 

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稲穂 こちらもお餅屋なので大切なもの。

 

商売人必携 大福帳

 

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たくさんつけていただきました!

 

お店にかざって再度柏手をうちます。

 

 

皆が健康で楽しく働けますように、商売が続けていけますように。

 

七草粥

  • 2018.01.07 Sunday
  • 09:16

今日は人日の節供。

七草粥は召し上がりましたか?

 

 

おばあちゃん特製のおかいさんに、うちの自慢のお餅を入れて。

あったかくやさしいお味のおかいさんは、からだをぬくめるだけでなく、心までほっとさせてくれてくれますね。

毎年おんなじ日に家族みんなでおんなじものを食べれることは

幸せな事やなぁと思いながら、しみじみ味わいました。

 

お箸は松の内は、石清水八幡宮の祝箸。

お箸休めは、一休寺納豆。

 

神仏にも守られ、今年一年無病息災でありますように。

 

 

干支色紙

  • 2018.01.06 Saturday
  • 18:22

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床の間に干支色紙をかけています。

 

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村瀬明道尼筆 戌

 

大津・月心寺の元ご住職の真筆です。

月心寺とは、当家が八幡へ移る前に走井餅の商売をしていた場所で、

走井の名水が湧いています。

その地は日本画家・橋本関雪の別荘として買い取られ、関雪没後に関雪と妻ヨネを弔うための菩提寺として

創建されました。

村瀬明道尼は月心寺の二代目の住職で、

庵主さんが走井の名水で作る精進料理は絶品と名高く、

全国より庵主さんのゴマ豆腐をはじめとしたお料理と、法話を求める方が訪れる

人気のお寺となりました。

NHKの朝の連続ドラマ「ほんまもん」のモデルにもなり、

昨年亡くなられた野際陽子さんが、お役を務められました。

村瀬明道尼は生前、毎年年始に当家へお立ち寄りになり、

その年の干支の色紙をくださいました。

「これがほんまもんの走井餅の味や、よう覚えとき」とお弟子さんにおっしゃっていたお姿を

私もよく覚えています。


 

 

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もう一枚は、橋本関雪 唐犬図

 

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唐犬とは、舶来の犬の事。関雪の宝塚の別邸で実際に飼育されていたそうです。

少し中国古画の風格と気品を持ちながら、写実を旨とする近代四条派の動物画の傑作と言われています。

昭和11年の作品です。

 

関雪の目に止まったおかげで、走井餅創業の地と走井の井戸は切り売りされずに残ったわけです。

その後100年もの間、初代住職村上獨譚、二代目住職村瀬明道尼、そして現在、関雪のひ孫である橋本家の方へと

関雪の意志は引き継がれ、今もなおそのままの姿をとどめていることに、

その地を泣く泣く離れた井口家としては感謝という言葉しか見つかりません。

 

お正月早々、八幡の地でゆかりの色紙をかけ、大津走井へ想いを馳せ、

今までのそして現在の様々なご縁にありがたい気持ちでいっぱいです。

 

   

 

干支じまい

  • 2017.12.06 Wednesday
  • 14:05

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床の間の色紙を、今年の干支「酉」に変えました。

毎年12月になると、干支終いということで、今年の干支の色紙をかけ、

名残を惜しんでいます。

 

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この力強い書は、月心寺二代目のご住職であった村瀬明道尼の直筆です。
大津・月心寺は走井餅発祥の地で、6代目井口市朗右衛門がその地を離れた後、

日本画家橋本関雪の手に渡り、関雪の遺言により天龍寺村上獨譚老師によって関雪の菩提寺として開山されました。

村瀬明道尼は2代目のご住職で、
尼主さんが走井の名水を用いて作る精進料理、なかでもゴマ豆腐は絶品と評判でした。

 

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うちにはこの干支の色紙を紅白で2枚持って、何十年もお顔を見せに来てくださっていました。
若いころに交通事故にあわれ、右手の自由を奪われ、左手で書かれる尼主さんの字は
なんとも力強く生命力に満ちあふれており、元気をいただきます。

 

こちらは橋本関雪晩年の「霊鷹(れいよう)」

 

 

八幡の地で関雪さんと尼主さんの作品とともに、大津への思いと今年一年を偲び、

さまざまな感謝が胸にこみ上げてきます。

 

またこの色紙に出会える12年後は、何をしているのでしょうか。

変わらずに、走井餅をただひたむきに作れていることを願うばかりです。

 

大津へお墓参り

  • 2017.10.29 Sunday
  • 17:44

先日、大津にある井口家・走井の菩提寺にお墓参りに行ってきました。

 

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当家のルーツは大津です。

今、親族は大津におりませんが、7代目までは大津で生まれ、暮らし、走井餅を生業としていました。

 

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大津の菩提寺には、初代の親から7代目までのお墓があります。

墓石は全部で12もあり、走井と刻んであったり、走井の歌が詠んであったり。

 

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中には杵と臼の形をした墓石もあります。

 

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走井を愛してはったこと、誇りに思ってはったことが伝わってきます。

 

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走井餅屋の大先輩であるご先祖さんに、私の作った走井餅をお供えし、一つ一つのお墓に手を合わせ、

気持ちを伝えてきました。

 

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帰りに、本家のあった場所を訪れました。

 

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当家7代目が大津を離れ、八幡に移った後、その屋敷と庭園は日本画家橋本関雪によって買い取られ、

今も橋本家の方によって保存されています。

走井餅発祥のその場所には、当時と変わらず走井の名水が今もこんこんとわき出ています。

 

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この走井の水が走井餅の始まりです。

 

走井の水で手を清め、走井餅を継いでいく決意を入れなおしました。

 

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創業から今年で253年。

大津を離れざるを得なかったとき、戦争があった時、跡継ぎに困ったとき、売れなかったとき…

代々で、苦しかったこともたくさんあったと思います。

でも何とか次の代へ続けて行こうという先祖の気持ちで今までやって来れました。

私も11代目を継ぐ者として、先祖の思いをプレッシャーではなくて

応援の力に変えて、感謝の気持ちを忘れずに頑張っていきたいと思います。

 

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大津のお墓や、月心寺は、そんな気持ちを改めて思い出させてくれる

私にとってとってもとっても大切な場所です。

 

伊勢大神楽

  • 2017.10.12 Thursday
  • 15:58

今日は朝から、伊勢大神楽がやってきました。

 

これは、伊勢にお参りに行けない人々のため、
かわりに獅子舞の神楽と共にお札を届けて回るという
何百年も前からある民間信仰で、うちには安田市太夫というところが
もう何十年も前から(もちろん戦前から)毎年、年に二回来てくれはります。

 

「家内安全、御商売繁盛〜」と唱えながら、笛や太鼓、鈴の音色と共に
お店に向かって獅子が舞います。

 

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笛、鈴、太鼓のにぎやかな音はなんともいえず、日本人の心をくすぐりますね。

町内を1軒1軒まわって、お願いする家だけ家の前で舞ってくれはるのですが、

最近はうちの周りは、うちだけのたった1軒になってしまいました。

 

私は子供のころから、この笛と太鼓の音を聞き慣れてるので、当たり前に思いますが、

こういった風習はやはり新しい家の人にはないからか、

珍しそうに、通りすがりの人が眺めてはりました。

 

伊勢大神楽の人々も昔は10名ぐらいで来てくれてはったのが、今日はたったの3名。

お囃子もさみしくなったものです。

 

こうゆう庶民の風習もだんだんと薄れてきてるのだとは思いますが、

残していってほしいですね。

 

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うちのお盆

  • 2017.08.14 Monday
  • 13:43

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地域や出身、宗派によっていろいろでしょうし、時代によっても変わってきてるかと思います。

 

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うちのお盆は13日の午前中におそうめんでご先祖さんをお迎えします。

13日の昼食、夕食、14日は朝食、昼食、夕食、15日の朝食、昼食、夕食と

おばあちゃんはせっせと精進料理をこしらえてお供えします。

お盆の間中、生きてる人間のご飯は、仏さんのお下がりです。

 

そもそも、普段からご飯が炊けたらまず仏さんにお供えしてからでないと私らの分はよそえませんし、

おいしそ〜なお菓子や果物をもろても、すぐに飛びついて食べたい気持ちを抑え、

まず仏さんにお供えしてから。

これはもう子供のころから体にしみついた習慣です。

 

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お寺さんは八幡のあちこちから昨日2件、今日は1件が入れ代わり立ち代わりお参りに来てくれはりました。

お墓はまた違う八幡のお寺さんで、ここはもうこないだのお店の休みの日ぃにお参り済み。

たくさんのお寺さんに守られて、ご先祖さんも安心したはることでしょう。

 

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朝は走井餅の仕事を始める前に、仏さんに手を合わせて、心の内で話しかけます。

「今の走井餅屋さんもあんじょういきますように、見守っといておくれやす」

うちのご先祖さんは、み〜んな走井餅やさん。

みんな私の大先輩。

商売のいい時も悪い時もみんな知ってはる。

それぞれが苦労しながらも、息子や娘に次の代をつないできゃはりました。

そんなご先祖さんたちに見守ってもらえて、ほんまに心強い。

 

毎日当たり前に暮らして、当たり前に商売されてもろてることが、歳をとるごとに

ありがたく感じます。

 

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夜ご飯の後は、御詠歌あげるさかい、と集合がかかります。

何がどうとか、どんな意味とか、あんまり考えたこともなく、

昔からただただおんなじことをしている気がします。

 

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今日はおはぎの日。

明日の夜は白蒸しでお送り。

 

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今年もまた前の年とおんなじように、せわしなく、井口家の、走井餅屋はんのお盆が過ぎようとしています。

 

 

 


おはぎ150円


白蒸し 510円

 


白餅 75円

お庭と千歳屋の話

  • 2017.07.29 Saturday
  • 14:52

猫の額ほどの、といえば猫に失礼になりそうなぐらい、小さな、お店のお庭の剪定が先日終わりました。

 

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石清水八幡宮の一の鳥居が見えるということが一番の自慢。

 

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他は、うちが大津から八幡へ越してきたとき、この場所は旅籠だったのですが、

その旅籠時代のモチノキやつつじ、石などを使用している、ということぐらいでしょうか。

 

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うちがここで商売をしてからすでに107年ですから、モチノキやつつじはそれより前からの樹齢です。

加えて、周りをコンクリートで固めてしまっていることもあり、かなり元気がなくなってしまっているのは

かわいそうに思っています。

モチノキは八幡市の「緑の保存樹」に指定されています。

 

お庭に出している床几も旅籠時代のもの。

 

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裏面に、屋号「千歳屋」と書かれています。

 

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千歳屋さんの創業が文化12年(1815年)なので、江戸時代から、

たくさんの人のお尻の重みに耐えてきたなんてすごいですよね。

昔のもんは丈夫やった、職人の仕事はすごかった、というのはおばあちゃんの口癖ですが、その通りだと思います。

 

今の時期は暑いですが、季節のいい時、またワンちゃん連れの方、おタバコを吸われる方は

お庭の床几にも腰かけてみてください。

 

 

ちなみに当舗は八幡で開業当時から昭和48年までは千歳屋さんの文化12年(1815年)の棟上げの建物のまま、

営業していました。


 

店内にずらりと掲げている講札も千歳屋さんのもの。

 

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昔は講を組んでお参りに来られていたので、指定宿を示す目印の看板です。

どのお宿に泊まればいいのかわからなくならないように、また悪徳のお宿ではないということを

示す役割だったようです。

 

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この辺は、旅籠が多かったそうです。

そもそもは男山には宿坊が立ち並んでいました。

明治43年に京阪電車が開通してからは、交通の便が良くなり、
千歳屋をはじめ、旅籠は次々と廃業に追い込まれたということです。
 

 

 

祇園祭と走井餅

  • 2017.07.26 Wednesday
  • 12:05

 

7月の京都といえば祇園祭です。

八幡は同日石清水八幡宮内高良神社の太鼓祭りなので、祇園祭にはあまりなじみがないのですが、

実は祇園祭と八幡を、はては走井餅を結びつけるキーパーソンがいます。

 

三條小鍛冶宗近です。

平安時代の刀鍛冶で、祇園祭の一番の花形、長刀鉾の初代の長刀を奉納したと伝えられています。

 

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さて、三条小鍛冶宗近と聞いて、このブログの読者の方ならピンと来られた方も

いらっしゃるかもしれません。

 


 

走井餅の形は刀の形を表しており、そればなぜかというと

走井餅の始まりの湧水、大津・走井の名水で三条小鍛冶宗近が刀を鍛えたという故事に

因んでいるからです。

 

 

また、当舗7代目が大津から八幡へと移転したのは、

宗近が祀られている三條小鍛冶相槌神社があったからというのも

理由の一つだと聞いています。

 

当店からすぐ側、石清水八幡宮の登り口の前にある相槌神社。

 

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相槌稲荷の鳥居は、7代目が奉納しています。

 

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