裏参道を歩いてみよう!

  • 2018.05.16 Wednesday
  • 16:25

石清水八幡宮へお詣りされるとき、ほとんどの方はお車かケーブルで山上まで上がられることと思います。

歩かれる方でも表参道を利用される方が多いのではないでしょうか。

 

今日は少し、マニアックな裏参道をご紹介します。

裏参道には、実際、たくさんの方が歩かれるお正月でもこのような「帰り道のみこちら」というような看板が出ます。

 

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表参道より急でしんどいからではないかなと思います。

段数も表参道が396段に比べて、裏参道は555段。

でも決して遠回りなのではなく、階段の幅が狭いだけで実はこちらの方が近道です。

私の足でも表参道では20分ほどかかりますが、裏参道だと15分もあれば到着できます。

 

二の鳥居を正面に、左手に源頼朝松を見て、まっすぐ進むと表参道、右側の階段が裏参道です。

 

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ひたすら細かな階段が続きます。

でも歩幅があうのでリズムよく歩くことができ、実は私は表参道よりもこちらの方が歩きやすいです。

 

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鎌倉時代の上皇も参拝の帰り、ここを通られたそうです。

今は裏参道、と呼んでいますが、古くは「太子坂」と呼ばれていました。

太子堂というお堂があったからです。

今は跡形もありませんが、明治時代の廃仏毀釈で、ご本尊の聖徳太子三歳像は、

大津へ移され、今も保存されています。




太子坂を上り、少し休憩のタイミングである竹雨水。

今はとうてい飲む気にはならない感じですが、かつては山中で貴重な水場だったことでしょう。

水の流れる音が耳に心地よいです。

 

更に階段を進むと、左手に萩坊跡があります。

 

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萩坊は襖絵など狩野派として知られる狩野山楽が、秀吉に追われ隠れ住んだ場所です。

こちらも廃仏毀釈でなくなってしまいましたが、客殿には山楽の描いた素晴らしい画で飾られていたそうです。

 

そこから少しだけ階段を上がると太西坊の石灯籠があります。

太西坊は実際は、もう少し御本殿の北側にあったので、移築されたものかもしれません。

 

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太西坊の住職、専貞は大石内蔵助良雄の実弟でした。

大石内蔵助良雄が江戸に下向するとき、太西坊に立ち寄り、

仇討ちの大願成就を石清水八幡宮に祈願したといわれています。

 

そのすぐ裏手におおきなスペースがあいています。

護国寺の跡です。

神仏習合の信仰だった男山では最も重要な場所でした。

本殿と共に、全山を取り仕切ったのがここ護国寺です。

 

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今は想像つきませんが、かつて石清水八幡宮は、石清水八幡宮寺と言われ、

神社とお寺の集合体でした。

祝詞とともにお経が唱えられていたのですね。

明治時代の廃仏毀釈は、男山にとって大変な大きな痛手でした。

数ある神仏混淆の信仰の宗教施設のなかでも、最大級の損失だったようです。

 

ここまで来るともうほとんど登り切ったも同然です。

すぐそこには御本殿。東側まできています。

 

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東門につづく階段がありますが、ここはお正月しか解放されていません。

 

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東門につながる階段のふもとに、不思議なものがあります。

見逃しそうですが、これは細橋といって、石清水の源流が流れていたことを示す渡らずの橋です。

今はここに水はありません。

 

その名残でしょう。

すぐそば、東門につながる階段の途中に水分社があります。

 

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石清水八幡宮の末社 水分社

御祭神は国之水分神で、水流や水源の神様です。

今は豊作の神様として信仰されています。

 

細橋の向かいに伊勢神宮遥拝所があります。

 

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こちらの方角が伊勢なんですね。

ここからはほとんど平坦な道。

 

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今は整備された道ですが、かつてはここに宝塔院という仏塔があったようです。

その造りが面白く、軒の四隅にお琴がぶら下げられており、風が吹くと鳴るようにされていたそうです。

なんとも見てみたかったですね。

 

社殿を取り囲む信長塀を右上に見ながら、歩いていきます。

 

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信長塀とは、その名の通り織田信長が好んだ造りで、瓦と土を何層にも重ねることで

鉄砲の銃撃や耐火性、耐久性に優れた造りとなっています。

ご社殿の方からは近づいて見ることができます。

 

最後の少しの階段を上ると、御本殿のすぐそば、手水舎のあたりまで出てきます。

 

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ゴールです!

 

おまけ。

裏参道には二か所の分岐があります。

 

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そのうちの一つ、展望台へ立ち寄ってみましょう。

 

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遠くに比叡山、近くに天王山、

京都市内や宇治方面を眺めることができて、大変気持ちの良い場所です。

 

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展望台には谷崎潤一郎の碑があります。

 

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蘆刈抄という、八幡を舞台とした小説の一部が刻まれています。

 

男山山上から、見晴らしのいい場所はここだけですので、せっかくなので、是非立ち寄ってみてください。

 

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次回は、もう一つの分岐、

参道の中で、表参道でも裏参道でもない、でも男山の中でとっても大切な場所を

ご紹介します。

 

 

 

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